雨冷 1/2
不機嫌な態度を隠すことなく乱暴な歩き方をして隊舎裏まで行って、そこで茶を啜っている男の背中に、手に持っていた塊を投げつけた。 いたっと、特に痛くもないくせしてご丁寧にリアクションしてくれる辺り、この人も私に甘い。
「女の子眺めて楽し?浮竹。」 「琥珀…もっと違う言い方はないのかい?」 「だって、何百歳ってじいさんが若い子眺めて、それで茶を三杯も四杯も飲めるって…いったぁ!」
喋ってる途中だってのに、さっき私が投げた塊もとい包帯を投げ返された。 柔らかいものもさ、きっちり巻いて硬くなって投げられると意外と痛いんだよ。 …先に投げたの私だから文句は言わないけど。
浮竹の隣に腰を下ろす、というよりはへたり込むに近かったけど、腰を落ち着けると湯呑みを差し出されて、来ると思っていたから用意していたんだ、と。 気が利きすぎて困る。 だから浮竹と京楽には懐いてしまうんだ、お菓子とかお茶くれるから。
「その包帯は、頭のたんこぶと関係が?」 「ちーがーうって。 たんこぶは鬼にやられたの。」 「阿近くん、心配してくれてるのに鬼なんだね。」 「私にだけ容赦ないんだよなぁ…。」 「一番隊には顔出してきたかい?」 「…鬼だけじゃ飽き足らず洒落にならん爺にまで拳骨貰えと? ご老体に負担をかけちゃいけないから嫌だね。」 「後で一緒行こうか。」
説教されるって前提で十二番隊に行ったら案の定説教で、更には拳骨付きの大サービスだ。 嬉しくなさすぎて阿近の脛を蹴って出てきたところである。 それなのに、次は態々一番隊まで頭に響く怒鳴り声を貰って来いと言うのか、最悪だ。
隊舎裏の修行場と言っても、ほとんど崖とか山みたいなもん。 現世から帰ってきて尸魂界を見ると自然豊かで大変によろしいと思うけれど、その分虚が見つかりづらいから不便でもある。
浮竹と座る場所から下りた先で、私が同行してきた織姫とルキアが修行をしている。 おぉ、精が出るなと二の腕に包帯を巻きつけながら他人事のように呟くと、参加しないのかと聞かれた。 いや、私は見物に来てるだけだから結構。
「いたいた。 何してんすか、こんなとこで。
…うわ、琥珀さんじゃないですか。」
「好きな相手には言動も似るの?」
突如現れたのは九番隊副隊長の檜佐木修兵である。 休憩がてらに見物を、と浮竹が指差す方を檜佐木が立ったまま覗き込んだ。
「修行にしちゃ楽しそうにやってますね。」 「あ、やっぱりそう見えるかい? …あれは昔から友達を作るのが下手な子でね。 まあ、なかなか心を開かない所為なんだが…。」
朽木ルキアはずっと十三番隊で浮竹と海燕が面倒を見てきた。 私は残念ながら数十年前まで彼女とは直接の関わりが薄く、いつも遠目に成長の過程を見たり、聞かされたりしていた。
「良い友達できて良かった。」
笑う浮竹は本当に嬉しそうで、こっちまで微笑ましくなるが、檜佐木の表情は今ひとつ、浮かないものだった。
「…それが人間でも…ですか。」 「それは言わないの、檜佐木くん。」 「…すいません。」 「いや、いいんだ。 歩む時は違っても、友達ってのは良いもんさ。」 「…長生きすると達観するよね、爺だか、いたっ!」 「それにホラ何だ。 あの子達は普通じゃないから、尸魂界に来たらみんなそのうち死神になるかも知れんぞ。」
大歓迎だ、特に織姫。 尸魂界及び瀞霊廷には何かが足りないと思っていたが、それはそう、胸だ。 乱菊しか供給がなくて私としては寂しいところだった。 織姫も死神になってくれたら死覇装を着て、乱菊みたいに胸元を曝け出すのかなぁ…あぁ、いかん涎が。
「友達作りって言えば、琥珀さんも友達いませんよね。」 「喧嘩売ってんの?」
振る話題がおかしすぎるでしょ。
「確かに、昔から琥珀は一人だったね。」 「友達ならいたし、…いるよ、友達なら。」 「誰スか。」 「浮竹。」 「それは保護者です。」 「じゃあ阿近。」 「それも保護者かな。」
総隊長や京楽の名前も上げてみたが全部保護者だって切り捨てられた。 そんなに保護者いらないし、私問題児みたいだからやめてほしい。
うぅーんと唸っていると、檜佐木は俺は?と自分を指差した。 その指を反対方向にそっと捻じ曲げながら丁重にお断りする。
「私そこまで檜佐木くん好きじゃないし。」 「ひどくないすか。」 「だって、それ、卑猥。」
檜佐木の頬の数字を顎で示すと、彼は微妙な顔してそれを指で撫でる。 情けない顔をしたいのはこっちだ馬鹿。
「ていうかさ、乱菊も恋次もそうだったけど、あんた達副隊長としての威厳ないわけ? 私みたいな四席敬称つけて呼ぶって、そのうち平隊士達に舐められるよ。」 「何言ってんすか、あんたが副隊長に推薦されてたの知ってるんだから。」 「…掘り返すな。」 「それに、それ言うなら琥珀さんだって浮竹隊長のこと呼び捨てじゃないすか。」
なるほど、自分のことを棚に上げてってこう言うことなのかな?ちょっと違う気もするけど、檜佐木の言うことももっともだ。 でも今更浮竹を隊長呼びするのも違和感あるし、本人もそれで了承してくれてるから、問題ない。
「そういえば君こそどうした、こんなとこまで。 何か用があったんじゃないのか?」 「ああ、そうだ。」
檜佐木が手渡したのは今月分瀞霊廷通信だった。 十番隊は現世に留まっており、十一番隊は隊長も副隊長も寝てるか行方不明で、ごめんうちの隊長が…、十二番隊は引きこもり状態で、檜佐木が代わりに配り歩いているとか。
「正直、隊長業務がこんなに忙しいなんて知らなかったっス。 東仙隊長は部下にものを頼まない人だったから…。」
言われてみればそんな気する。 事情を知らない死神達からすれば東仙要という人物は誠実、実直みたいな固い印象があれど、尊敬すべき素晴らしい隊長だったのだろう。 今でも彼を慕う死神は、檜佐木を含めいるはずだ。
「…さてと、そろそろ行きます。」 「もうちょっとゆっくりしていきなよ。」 「言ったでしょ、忙しいんスよ俺。」
もっとヒマな時に誘ってくださいと、手をヒラヒラ振って去っていく檜佐木の背中は、少し疲れが滲んでいたように見えた。
「隊長を失った隊が立ち直るには、まだ時間がかかりそうだ。」
三番隊も、五番隊も苦労しているだろう。 五番隊は副隊長も負傷して、今は療養中だと聞いた。
それに比べてうちの隊長は、とイビキをかく鈴頭を描いては一度叩き割ってやりたいと拳を握る。 それかいたずらで鈴の中の丸いやつを全部取ってしまうのもいいかもしれない、が…それでは副隊長が泣いてしまうか。
「琥珀。」 「なに?」
不意に浮竹に呼ばれて返事をしてみたが、浮竹は雲を眺めてこちらを見ることはなかった。
「君は、彼らに剣を向けられるのかい?」 「当然だよ。…生憎、私を止めていた人もあっち側についちゃったからね。 寧ろ気兼ねなく、戦えるよ。」
そうか、とそれっきり浮竹は何も言わなかった。 あーあお茶冷めちゃったんじゃないのと湯のみに手を伸ばすと、気付きたくなかったのに、ピシリと亀裂が走ったのを見てしまった。
浮竹も阿近も、私に戦うなと言う。 けれどそれでは前に進めない、誰も護れない弱い私のままだ。 嵐の前の静けさだと杞憂する浮竹を余所に、私はただどうやって阿近に反抗しようか考えて、割れた湯のみに口をつけた。
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