慈雨を降らせ | ナノ




雨冷
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空楽北部に十刃と見られる破面、数は4。
日番谷先遣隊と交戦状態。

地獄蝶から報せが届いたのは、そう長く経っていない時だった。
一瞬にして緊迫した雰囲気へと変わり、浮竹は朽木ルキアを呼び、穿界門へと向かわせる。

「まって朽木さんあたしも…」
「お前は駄目だ井上。」

引き止めたのには理由がある。
地獄蝶を持たない織姫は、穿界門へ入れば自動的に断界へと送られてしまうのだ。

どうする、と横目に浮竹を見ると、彼は瞬歩で少女二人の元へ行ってしまった後だった。
既に界壁固定の指示を出し終えているところ抜かりないし、優しい人。
いいパパになるよ。

ヴヴッと、微かな振動を感じて通信機を取り出してみれば、しつこく技術開発局から連絡が来ているのだろう。
私もじっとはしていられない。
応答することなく、通信機をもう一度懐に突っ込んだ。

「ルキア、織姫は私が連れてくよ!
先に行って!」
「…はい!
先に行って待っているぞ。」
「…うん…!」

いいのかい、琥珀。
気遣わしげな浮竹の視線に笑って、織姫の手を引いて、穿界門へ駆け出した。


鬼道衆の力は凄いもので、鬼道が苦手な私には真似などできない働きをしてくれる。
半刻と言っていたが、大急ぎで開門処理をしてくれて、あっと言う間に名前を呼ばれた。

尚もしつこく鳴り続けているだろう私専用の通信機は、見送りまで来た浮竹に強引に押し付けてきた。

「阿近にごめんって伝えといて!」
「…分かった。」
「ありがとう!」
「いってきます!!」

走り出す私と織姫の両側に、新たに死神が二人護衛でつく。
客人の往来時の習わしだと言ってしまえば、織姫も断れず、護衛を受け入れた。
人数は多い方が安全だと私も頷いたが、なんと甘い考えであったかと、後になって思い知る。

もう少しで出口が見える、という地点まで来た時、私たちの背後で唐突に、黒腔が開いた。

「何だ、護衛は3人か。」

そこから現れた男は、虚空を映す翡翠色の目をしていた。
人型の破面は二度目だが、直感的に分かったのは、この男はグリムジョーよりも強いということ。
怖れも何も宿さない表情が彼の戦いへの余裕を表して、まるで逆らえない絶対的権力、流石藍染が手にかけた部下だと知れる。

「な…何者だ貴様っ!!破面か!?」

動いたのは、護衛の死神。
動くな馬鹿と叫びたくとも、男が袴から手を抜いた次の瞬間に飲み込まれてしまう。
吹き飛んだのだ、死神の左半身が。

双天帰盾!と織姫が叫ぶと、髪留めが倒れた死神の身体を覆い、彼女の能力を発揮した。
逃げるようもう一人の死神に促すも、彼はその場を動こうとしない。

「いいから逃げて!!琥珀ちゃんも、お願い!!」

織姫は、男に会ったことがあるのか。
故に男の残忍さを知っており、私たちを守ろうとしている。

だが、私も護衛と同じように動くわけにはいかなかった。
また男が手を振るうと、護衛の身体が半分、消えていく。
そして織姫が結界を広くする。

庇うように前に出ると、男はまた腕を持ち上げるが、一瞬、何かを躊躇った。
だが瞬きをした次には私にも攻撃が迫って、それを間一髪で躱し、男の懐に飛び込んでいく。
けれど、はっと気付いた時には、私の足が消えて、男の前に這い蹲っていた。

「この…っ」
「琥珀ちゃん!!」

大丈夫、と答えようとした私の、まだ斬魄刀を握る手を男が蹴って、雨燕が離れる。
見上げた先の男からはしかし、私に対しての殺意は感じられなかった。

「俺と来い、女。」
「な…」
「喋るな。言葉は『はい』だ。
それ以外を喋れば殺す。
『お前を』じゃない、『お前の仲間を』だ。」

何もなかった空間に、スクリーンが現れ、それぞれ映し出されたのは現世で破面と交戦している仲間たちの、傷ついた姿だった。
卑怯な手だ。
織姫がそれを見れば、確実に破面側へ行くと分かっていて、現世に破面を向かわせ、その裏でこの男が動いている。

「何も問うな、何も語るな。
あらゆる権利はお前に無い。
お前がその手に握っているのは、仲間の首が据えられたギロチンの紐、それだけだ。
理解しろ女、これは交渉じゃない。」

命令だ、と一方的に告げられていく言葉に、唇を噛んだ。

「藍染様はお前のその能力をお望みだ。俺にはお前を無傷で連れ帰る使命がある。
もう一度だけ言う。俺と来い、女。」

逃げろと言ってしまえれば楽だったのに。
私一人で、足がなくともこれだけ間合いにいれば織姫が逃げる間だけでも時間稼ぎができるのに。
それを許さなかったのは、男の纏う威圧。

「12時間の猶予をやる。」

男に特殊なブレスレットを渡された織姫は、命令に従って、はいと返事をしてそれを身につける。
え、と私が小さく声を漏らした。
破面にしか認識できないと言っていたのに、私はブレスレットを付けた織姫がしっかり見えていたからだ。

一人にだけ別れを告げていい、と許可された織姫が誰の元に行くかなど、簡単に予想はつき、その誰かが起こす行動も安易に予測できる。
織姫の選択は間違っていない。
けれど、本当にこのままで良いのだろうか。

遅かれ早かれ、破面とは刀を交えることになるのだ。
織姫が今男に逆らい、仲間を殺すために破面が現世に侵攻しようとも、後にあの少年が筆頭となって織姫を助けるために破面と戦おうと、きっと同じ。

どちらにせよ、皆傷つくのだ。
それなのに、結末は同じなのに、織姫だけが敵の手中に収まるなど。

「争え、織姫。
従うだけが仲間を守る術じゃない!」

地を這って、雨燕を掴もうと手をのばす私を、冷たい眼が見下ろしている。
琥珀ちゃんやめて。そう弱々しく呟いた織姫を振り返らず、ただ愛刀のそばへとにじり寄った。

「お前の命は尽きたに等しい。」

言ってろ、構うものか。

織姫の仲間に私が含まれているなどとは考えていなかった。
織姫を逃がせればと思っていた。

背に翳された男の手に、私は気付かない。
それを見て涙を流した織姫を私は知らない。
あと少しで雨燕に届くというそこで、私は暗い水底へと誘われてしまったから。




*




現世。
負傷した一護とルキアの元に、仮面の軍勢の一員である平子真子が参上し、破面グリムジョーと交戦している。

戦況は味方の有利。
グリムジョーは平子の前に膝をつき、今まさに真の力を解き放とうとしていた、その時だ。

抜刀しようとするグリムジョーの手を掴んで止めたのは、片腕に黒いモノを抱えた、破面十刃、ウルキオラ。
任務は完了した、戻るぞ。
その言葉を合図に黒腔からは反膜が、破面たちを次々と包んでいく。

「…霊圧の名残がある…。
…どうやら新たな力を手に入れたようだな。
だが、その程度か。」

ウルキオラが身体を正面へ向けると白い腕に抱えられて、露わになったそのモノは、一護もよく知る者。

「終わりだ。
最早貴様らに術は無い。」

開かれた瞼の下には生気のない瞳が、腕を差し込まれた華奢な身体はだらりと力無く空を仰いでいる。
青白い顔に対し赤黒く染まった身体に、両脚と、右腕は存在しない。

「太陽は既に、俺達の掌に沈んだ。」

琥珀、と名を呼んだのは、仮面で顔を覆ったままの平子と、ウルキオラの後ろに立つグリムジョーだった。

閉じていく黒腔は、終焉を迎えた無垢な少女の姿を隠していく。
朧になる視界の中で、それを確かめて、黒崎一護は、意識を手放した。


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