「じゅーうご」

重い扉は鍵の外れる音とともに開かれ、ひょっこりと顔を出したのは数年前に知り合った無名であった。
1年前までは2日と開けず会いに来ていたのだが、今は別のアジトに移動したせいで来るのは20日に1回程度だ。

こうして自分に近づけるのは君麻呂と無名だけ。
暴走を止めてくれるという安心感以外にも、少なからず別の感情を無名に抱いていることくらい気付いている。
だが、人の感情にあまり左右されない無名にその感情が何なのかを尋ねたところで分からない、と返されるのは目に見えている。
自分で正体を突き止めるまでは心に留めておくと決めたのはもう随分と前のことだ。

「?」

広い部屋の片隅に蹲る重吾のそばに腰を下ろした無名は、黙り込む重吾を不思議に思い、顔を覗き込む。

まただ。

無垢な瞳で見つめられると吸い込まれてしまいそうになる。
まるで世界はこの薄暗い部屋だけ、無名は自分だけを、見てくれているようで、独占欲にもにた嬉しさが込み上げるのだ。

「今日も…来てくれてありがとう…。」
「急にどうしたの?お礼なんて。」
とにかく、元気で良かった。

お決まりのセリフが聞こえて顔を上げると、案の定そこには微笑む無名の姿があった。

無名に礼を言ったのはこれが初めてだ。
たった5文字だけだが、告げるのが照れ臭くて、でも笑ってくれる無名に、もう一度告げてみたくて。

「無名、ありがとう。」
「……うん。」

自然が言わないと後悔するぞと囁いている。
眩しいくらいの笑顔を浮かべて無邪気にはしゃいでいても、自分には体が弱いことくらいお見通しだ。
細い体も、袖から覗く腕の痛々しい傷痕や注射の痕も、ずっと目で追っているから知っている。
傷痕一つ一つが愛おしく思えてくるのだから、つくづく自分も重症だなと呆れてしまう。

「そろそろ帰らなきゃ怒られちゃうかな。」

呟きながら立ち上がる無名の腕を掴んで、行くなと目で訴えた。
きょとんとしていたが、やがて諦めたように再び無名は座り、壁に寄りかかって目を閉じる。

足につく錘がなければ離れていく君を追いかけることができるのに、それが不可能だから、横から自分よりも小さな体を抱きしめて、華奢な肩に頭を預けて存在を確かめる。
怖いんだと口実を作ってでも、今だけは君を独り占めさせてほしい。

抑えられなくなった恋心に気付き始めた今日この頃……君麻呂に相談しなければならないようだ。

鈍感足枷

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