面影に馳せる 1/1
「うちはには行かなくて良かったんですか?」
地雷をさらっと踏み潰してくれる無遠慮なところ、あぁ彼の部下だなと苦笑した。 枝から枝へと飛び移る私とカブトの黒い影。 先導する彼が振り返りもせず、唐突にそんなことを聞くものだから、枝を蹴る足が滑りそうになったものだ。
「いいよ、あそこには何もないから。」 「ああ…確かに。」
あるのは生々しい惨殺の痕だけですね、と。 その通りだ。 家族との思い出が里にない訳ではないが、現在里所属不明、抜け忍扱いの私が簡単にあの門をくぐれはしない。
首に下げた額当てをそっとなでると、クナイで刻まれた一文字の鋭い線に、両断された木ノ葉のマーク。 既に存在しているはずがない私にとっては何の意味もなさず、決して目に見える束縛は存在しないが、里に属する誰もがこの額当てに何らかの柵を感じるのだ。 自分ではない者によって抜け忍を示す額当てが出来上がってしまって、私は二度と里に踏み入ることができないと言う軛をされてしまった。
「カブト。 敬語やめてよ。私の方が年下だし…。」 「生きていたらあなたも三十路でしょう。 僕にとっては年上ですよ。」
そこには踏み込んでほしくなかったな。 私が生きていたら、あの人が生きていたら…もう三十路なんて、いい歳ではないか。 大好きな父親代わりのあの人も随分と若い頃から彼の配偶者となる女性とお付き合いをしていたし、唯一生き延びたあの銀髪の少年だった人も、既に結婚しているのかもしれない。 幸せな家庭を築いて、任務をこなす一家の大黒柱にでもなっているのかもしれない。 でも何だか想像が付かなくて、カブトに隠れて小さく吹き出す。
一面深い緑の景色から徐々に土色が混じってきた頃、カブトから一つ忠告をいただいた。
「うちは一族を手にかけた男の事は聞いているでしょう。」 「イタチくん、…知ってるよ。」 「二度目の死を迎えたくなかったら、その名前、アジト内では口にしない方が得策ですよ。」
アジトには私と同い年くらいの少年、うちは一族の末裔がいるのだそうだ。 彼は一族を滅ぼしたイタチくんを大層憎んでいるらしい。
「ねぇ、イタチくんに会ってもいいの?」 「暁と接触するつもりですか?」
怪訝そうな顔をしたカブトが眼鏡の奥から殺気を飛ばす。 余計なことはするな、裏切るな。 温厚そうにも見えるカブトからの強い嫌悪感は、結構堪える。 だが口を噤んだ私に、ふっと気を緩めて、付け足した。
「…大蛇丸様に許可をもらってください。 あなたのこと可愛がっているみたいですし。」 「うん、ありがとう。」
目の前に差し掛かった石の壁。 くれぐれも彼の前で粗相をしてくれるなと最後にもう一度警告を受けて、私は印を結んでアジトの入り口を開いたカブトの背中を追う。 うちはの少年はそんなに気難しいのだろうか。
*
「誰ですかあなたは。」 「えーと、いとこかな…?」
似てますね、と少年は大して抑揚のない声で言う。 私の一族はみんな黒髪黒眼で、みな大差ないように思えるが、それでもあの人に似ていると認めてもらえるのは嬉しかった。
「そのいとこが何で演習場なんかに。」
昨日任務から規制したばかりの班員たちは、演習場で任務の反省をしつつ、修行をしているところであった。
少年としては、忍装束でもない娘が演習場に迷い込んで来たとでも思ったのだろう、声をかけてくれたのだ。 だがツカサは迷子でもなければ、一般人でもない。 立派な、少年たちの忍の先輩である。
「上着を届けに来た。 昨日の任務で破けたところ、縫っておいたの。」 「随分と献身的ないとこなんですね。」 「…いやみ?」 「別に。」
随分と冷めた子なんだなーと、無表情な少年の顔を見つめた。 すると少年は何か?と私に問う。
「君のも、ついでに直してあげるよ?」
一度の任務で数着出る破れた服、どうせ縫うならもっと増えても構いはしないだろうと、善意を持って少年に聞いては見るものの、案の定断られた。 オレにまで構わなくていいです、と。
話聞くところによると、彼は父を亡くし、家族と呼べる家族はいないのだそうだ。 内心強がっているだけなのではないかと、他人ではあるけれど、悲しくなった。
「あっ!ツカサー!!」
「はーい!服届けに来たよ。」
私が来たことに気付いて、大きく手を振りながら駆け寄って来たいとこは、それはそれは眩しい笑顔で私のそばに立つ。 まるで、冷たい少年とは真逆のタイプだ。
「サンキュ、いつも助かる!」 「良いんだよ、気にしないで。 少しでも役に立てるなら嬉しい。」
服を手渡す際に、微かに触れる指先がくすぐったくて、顔を見合わせて笑っていると、感じる少年の生ぬるい視線。 なんだよ、といとこが口を尖らせると、少年はここで初めて目元を緩めた。
「本当に似てるんだなと思って。」
隣に並ぶには相応わしくないとしても、あの時の私は、彼に似ていると、共通点があると言われるだけで、救われた気になっていた。
*
どういうことか説明しろ。 それがうちはの少年、サスケくんの第一声である。
アジトに着いて早々、主人である大蛇丸さんの元に通された私は、彼の手によって化粧を施された。 頬にはしる亀裂を隠すためだ。 一体彼は何の研究をしているのか分からなくなるが、この化粧品…白粉ではないだろうか、これはかなり手を加えたものだそうで、そう簡単に化粧くずれはしないわよ?なんて軽口を叩かれた。
そうして私が大蛇丸さんの手によって蘇らせた死人であることをカモフラージュして、次に案内されたのが、他の部屋と同じ、薄暗いけれどよく音の響く広間だ。 うちはの少年はそこにある段差に腰掛け、私が部屋に入るとその無愛想な顔を向けて来た。
「彼女は真鶴。 これでもあなたと同じうちは一族なのよ。 仲良くしてちょうだい。」
どういうことだと聞きたくなる気持ちも分かる。 一族は自分を残して全て殺されたはずだったのに、抜け忍である大蛇丸さんの手中に、何故私がいるのか。 味方である大蛇丸さんは私の事情を全て話すだろうと思ったが、彼はただ匿っていたのよ、と私の正体を隠す真似をした。
「フン、そうかよ。」
彼の判断に不満など何一つない。 蘇ったのは私が不意に口にしたわがままであり、大蛇丸さんはそれを覚えていて叶えてくれただけなのだ。 今の私に何の役目があるのかなど分かりはしないが、大蛇丸さんの命令には従うつもりであった。
「真鶴、折角生きているのだから、あなたは自分のしたいことをすると良いわ。 咎めはしないから。」
つまり、放し飼い。
え、と声を漏らしたのは私ではなく後ろに控えるカブト。 カブトは知らないだろう、大蛇丸さんは昔から私に甘いのだ。
誰もが認める変人であり、抜け忍になっていることも、里にいた頃からいつかはこうなるんじゃないかと危惧していた。 おかげで驚きもせずに安易に受け入れることができたものだ。
でも、変人ではあるけど、大蛇丸さんは優しい人だった。 でなければ、律儀に私の独り言を覚えてなどいない。
「大蛇丸さん、ありがとう。
…サスケくん、よろしくね。」
無愛想だけど、可愛い子なんだろう。 顔をしかめたけれど、おずおずと差し出した私の手を、そっぽを向きながらもちゃんと握ってくれた。
彼の横顔がなんだか懐かしくて、ほんのちょっと泣きそうになったのは何でだろう。
「君って、誰かに似てる。」
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