真鶴に託す | ナノ



幼かった手
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まだ朝焼けが出ている頃に一人アジトを離れる。
サスケくんはまだ自室で寝息を立てているだろう。

ここから村までは走っても2時間、歩いたらその倍はかかる距離にある。
一週間、または二週間おきに買い物に出ているためもう慣れてしまったが、普通の人なら根を上げている遠さだ。

「よし、行ってきます。」

あまり意味のない準備運動を軽く行って、アジトの入り口に向かって一言かけてから駆け出した。


穢土転生という術によって生かされているわけだが、この体には不便であり便利でもある点がいくつかある。

私はサスケくんに料理を振舞っているけど、私自身に食事の必要はない。
お前は食べないのか?と聞かれることが数回あったが、後で食べるからとかもう食べたと言って誤魔化している。
試しにと食べ物を口にしたことがあるけど、味覚はなかった。

過ごしているうちに分かったが、謂わゆる生理現象というものがこの身体には一切現れないと知った。

それから暑さ、寒さを感じない。
基本的にどこに行こうと私は文句を言われないから色んな国、里の近くへ寄って、その中を覗いたりしたことがある。
勿論国や里によって気温の差はあるはずだが、私の体感温度は常に一定であり、寒くも暑くもなかった。

そして痛覚もない。
触感もなかった。

今では慣れてしまったが、初めて物を持った時、とてつもない違和感に襲われた。
包丁を持った時、何も感じなかったのだ。
手には確かに包丁が握られているのに、まるで空気を掴んだような、気持ち悪さ。
そのまま料理をしようとしても違和感が馴染まず、思いっきり手を切ったが、痛みは何一つとして感じられなかったし、傷はすぐに塞がった。

便利であり、不便。
ついこの間まで感じていた様々なものが、私からすればたった一晩で全て奪われたのだ。
虚しくなる私の心は、一族の末裔であるサスケくんを生かすことで支えていたんだと思う。
サスケくんのそばにいると、感じるはずのない痛みが心を蝕んでいくのを隠して。


あっ、と声を漏らして、足をかけた木の枝から足を滑らせた。
そのまま地面に背中から着地して、慌てて体を起こして足を見ると、たった今何かによって出来た切り傷が塞がっていくところで、辺りを見回すと私のいた付近の木にクナイが一本刺さっていた。

「ほう、無様に落ちたもんだからてっきり死んだのかと思ったが、避けたのか。」

チャクラは二つ。
感覚がないとは言え、戦闘経験から得た殺気は察知できる。
ひしひしと、会ったことがないほどの鋭く重い殺気が感じられた。

声は男の物で、嗄れた老人のようにも聞こえる。
膨大な殺気に怖気付いてしまって、逃げることすら躊躇われた。
だが普通に戦っても勝ち目はないだろうし、そう簡単に逃してくれるとも思えなくて、仕方なくクナイを構えた上に、更に久々に写輪眼を現す。

そしてチャクラを探って行き着いたのは、ほんの数メートル先。
立っていたのは長い黒い外套をまとった、酷い猫背で背の低い男と、対してすらりとした殺気を携えていない顔のしわが印象的な男だった。

「あっ…」

と意図せず漏れてしまった声に長身の男反応した。
だがそれは私を攻撃するのではなく、黙って私の目の前まで来て、そして私の手の、指を一本握っただけ。

「オレを、憶えていますか。」

程よく低い、心に沁みる声だった。

あなたなんか知らない。
口にしたかったのだけど、言えなかった。

ビンゴブックで目にしたことがある暁というS級犯罪者が集う組織。
赤い雲を描いた外套に、抜け忍の証である一本線の入った額当て。
そのメンバーの中にいた、数年前うちはを一夜にして滅ぼした一族の青年の写真を思い出す。

それと同時に掴まれた指から、微かに、ないはずのぬくもりがじんわりと伝わって、勝手に眼が潤んでいき、声もなく涙が流れた。

あなたを知ってる、ずっと昔から。

「イタチ、くん…大きく、なったんだね。」

たどたどしくなってしまった私を、イタチくんは母親似の瞳を細めて、微笑んでくれた。
ずっとずっと、会いたかった。
今生きているうちはの二人の中で、唯一私を知る彼に。




*



包丁がトントントン、とまな板を叩く調子のいい音が響いていた。

日が沈む。

オレンジ色の光が窓の外からリビングに差し込み、夕食が出来上がるのを待っていたオレは、ふと夕日に照らされた一つの写真立てに目を奪われた。

「ねぇ、母さん。」
「何?」
「この写真の女の人、だれ?」

料理をする母の側へ寄って行き、手に取った写真を傾けて母に見せた。
そこには赤ん坊のオレを抱いた、まだあどけなさの残るうちはの少女が映っている。
少女の華奢な指を、オレはもっともっと小さい手で握り、笑っていた。

覚えていない、この女のことを。
オレが物心ついた時には、既にこの家に出入りしなくなっていたのだろう、その姿を見たことがなかった。

「その子はね、ツカサって言うの。
小さかったあなたといっぱい遊んでくれたのよ。」
「そうなんだ…。
どうして今は来ないの?いそがしいの?」

母は答えてはくれなかった。

先ほどまで心地良く感じていた包丁の音が、気まずさを増させているかのようだ。
下から母の顔を盗み見ると、その口元が歪められていた。

触れてはいけなかったか。

このご時世だ。幼いオレでも忍の事は理解しているつもりだった。
忍は命のやり取りをする。
写真の女は額に、父と同じ木の葉の額当てをしていた。つまり忍なのだ。


「ツカサちゃんはもういないのよ。」


刻んだ食材を鍋に入れ、後は煮込んで、最後に味付けをするだけ。
出来上がるまで時間ができたのか、母がリビングへ戻ったオレの隣に腰かけた。

「先の大戦で、沢山の犠牲が出た。」
「ぎせい…。」
「ツカサちゃんもその一人。
まだ若かったのにね…。」

写真を撫でる母の指先が、震える。

母の心が泣いているのが、何故だろう、あの時オレには強く感じた。

「あなたにも会わせたかったわ…。」

女は、好かれていた。

写真のその笑顔を見ただけでも、胸の辺りがじんわりと暖かくなり、惹かれていく。
きっと素敵な人だったに違いない。

オレも彼女に会ってみたかった。

「イタチ、ツカサちゃんのお母さんに、会いに行かない?」

母にそう誘われたのは、二人して鍋の蓋が踊る音を背に写真を眺めて暫く経ってからのことだった。


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