無闇矢鱈に返事を濁したくなる時もある 1/1
ピンポーン
「ごめんくださ〜い。」
帯を巻いているとチャイムが鳴った。 身支度が中途半端なままで客を迎えるわけにもいかず、同じく留守番を任されたもう一人の名を呼んだ対応させる。
「…すっ、すみません……。」
玄関から聞こえるのは一方的な会話で、やっぱり駄目か…と手を早めて、ポンと巻き終わった帯を叩いて脱衣所の扉を開いた。
「……何それ、誰のヅラ?」
振り返ったその人…人というか犬は、つぶらな瞳で口にとんでもないものを咥えている。 もごもごと犬の口が動き、篭った声でヅラじゃない…と聞こえた気がした。
「めっ、出しなさい。汚物よ。」
「汚物じゃない!!桂だァァアアア!!」
定春の口を割らんばかりの勢いで血塗れの頭を引っ張り出し近所迷惑に大声をあげる桂に一発かかと落としを決め込み、定春に家の中に引き摺ってもらう。
ソファに向き合って座ってはみたものの、桂は急いでいるらしい。 そんな様子には見えないが。
「茶菓子冷蔵庫に入れておいてくれ。」 「…私と定春で食べる。」 「む、なら俺も頂こう。」
どうぞ食べてくれていいのだが、頭血まみれのままする会話じゃないだろう。
「あんたって昔はもっとこう、真面じゃなかったっけ。」 「何を言うか、俺はいつだって真面だぞ! して、銀時はどこだ?」
「銀時たちなら、何だっけ…迷子の捜索。」 「迷子だと?こんな大事な時に。」 「何かあったの?」
桂は口にするのを躊躇っているようだった。顎に手をやって考えるそぶりをしては、しかしなぁ…とボソボソ呟く。 やがて決心したのか、いつかと同じ、目を伏せて言葉を発した。
「…"転生郷"だ。 特殊な植物から作られ、匂いを嗅ぐだけで強い快楽を得る、依存性の高い」 「麻薬?」 「そういう事だ。」 「警察に任せればいいじゃない。 何で桂が追ってるの?」
麻薬が裏世界で出回っているのは今に始まった事ではない。 警察の仕事である筈が、桂は自分たち攘夷党が情報収集をしていると言った。
「人の手によって持ち込まれたのではない。 その特殊な植物というのが、辺境な星にしか咲かないと言われていてな…。」 「え、じゃあ……、」 「うむ、天人だ。」
あんたは、
言いかけた言葉は、声にはならなかった。 攘夷戦争の結末は、事実上銀時や桂たちの負け。 しかし、表立って騒ぎを起こさないに桂たちは密かに戦っているのだ。 逃げ出した私とは違って。
急に黙り込んだ私の顔を桂は覗き込み、定春が後ろから頭を擦り寄せてくる。 ふわふわだ、とぼんやり口元が緩んでいくのを感じた。
「樹。」
不意に、桂は名前を呼んだ。
「お前は、変われたか?」
定春がそっと離れた。
あの日の桂の言葉で冷たいねぐらを抜け出せたのだが、私はきっと、桂と銀時が望むように変われてはいない。 10年前の、情けなく鳴いている薄汚い一匹の黒猫だった頃と何ら変わりない。
「どうすればいいのか、私分からない。」 「……そうか。」
たったそれだけ?
席を立ち出て行く桂を見送りに行くと、深く笠を被った桂は引き戸を開けて、真っ直ぐ伸ばした背中を向けたまま、言った。
「大丈夫だ、お前には銀時がついてる。 変われるさ。」 「何でよ。」
責める口調になってしまったが、桂は気にする事なく、長い髪をぶんっと振ってこっちを見た。 ほんとに、かつら被ってるみたい。
「俺もあいつのお陰で変われた。 その事実が有れば十分だ。」
さっき言ったのは取り消し。 桂はやっぱり昔の桂だ。 うん、と頷いた私に一つ笑みを残して、笠を深く被って、彼は出て行った。 多分これから銀時の所へ行くんだろうな。 元は銀時を訪ねてやってきたのだから。
わん、と定春が側に寄ってきたので、立ったままそのふわふわに凭れて深く息を吸い込んだ。
「変わりたい、なぁ…。」
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