26日 1/2
アニメや漫画に対して理解のある親で本当に良かったと思う。 先日、ゲームやアニメの登場人物である筈の黒崎蘭丸を拾ってから、騒ぎを聞きつけて客間へ顔を出した両親にこのあり得ない事態を説明すると、快く面倒を見ると言ってくれた。
因みにその時母が言ったのは「あらまぁ。」の一言である。 余りにもすんなり了承したもんだから何回もしつこく聞き返してしまった私を戻ってきた弟が小突いたのは言うまでもない。
眠ったままの彼を病院に連れて行くべきかなと考えもしたが、山奥なんで大きな病院はなく、ちゃんとした病院は隣町…山を越えた向こう側だ。 初日こそ熱を出して苦しんでいた彼も今は穏やかに寝ているだけだから、取り敢えずは様子見で大丈夫かな。
弟の焼いたカップケーキを片手に端正な顔立ちを眺める5度目の、そんな昼下がり。 そして、待ち望んだ瞬間が、唐突に訪れた。
うぅ、と聞こえた声。 弾かれたようにケーキを皿に放って、身動ぎをし出した彼の元へ詰め寄って行く。
「…聞こえますか、私の声聞こえますか。」 「………あ、ぁ…?」
普通に話すのを何故か体が躊躇って、小声で呼び掛ける。 すると彼は薄く瞼を開いたり閉じたりを繰り返し、ぼんやりした頭で周囲を見回した後、バッと勢いよく体を起こし、痛みに顔を歪めて再び布団に沈んだ。
「…いっ…つ…」 「ちょっ、平気ですか馬鹿なんですか!」 「ここは、どこだ…?」
良かった馬鹿じゃなかった。そりゃあそうだよな。
「私の家です。 嵐の中倒れていたので、勝手に拾って帰って来ちゃいました。すいません。」 「…いや、構わねぇ…。」
怒られなかった。
ふと、彼にはどこまで話していいのだろうかと悩む。 全てを話してしまうのが一番良いのだが、下手に混乱させてしまう訳にもいかないだろう。 …病み上がりだし?まだ上がってないけど。 一人で頭を抱えていると、仰向けのままの灰色の双眼に射抜かれた。
「俺を知ってて助けたのか。」
あぁ、人間不信は健在のようだ。 鋭く、そしてどこか怯えながら尋ねるその様子がなんだか可愛らしくて、でへへと気持ちの悪い声が喉から出てきた。
「知ってますよ。だって、あっ…えと、黒崎さん、テレビで引っ張りだこですし!?」
私は何も可笑しなことは言っていない。 そうだ、そうだよ。 例え彼が外へ出て騒がれようとも、それは彼が"二次元から来たから"ではなく、彼が"アイドルだから"で済まされるのだ。 なあんだ、隠す真似などしなくても良いではないか。 そうか、と呟いたっきり黙ってしまった彼の職業に心から感謝した。
「あ、何か食べますか? お粥ならすぐに用意出来ますよ。」
作ったのは私ではなく弟である。 彼がいつ目を覚ましても良いように、毎日作り置きしてくれていた。 …何も出来ない私と違って奴は何でも出来る。
「まだ食えそうにねぇ。」 「ですよね…。」 「……なぁ、電話貸してくれねぇか。」
「良いですよ。
えっ、電話?」
「事務所と彼奴らにれんら 「あーーーー!!!」 ……なんだ。」
黒崎蘭丸はアイドルで済んだとしても、彼の所属するQUARTET★NIGHTの他のメンバーも、後輩のST☆RISHも、ましてシャイニング事務所など存在する筈もない。 彼はどこに電話出来るというのか。
「これは、落とし穴だった……。」
怪訝そうな顔をした彼の前に私は静かに土下座をして、全てを語る事にした。
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