21日 1/2
人生には転機が訪れると言うが、その言葉は間違いではなかった。 確かに訪れた。 でも、私にとっての転機は、他者の様に華やかな道へと航路を変えていく転機などではなく、言えばお先真っ暗で退路だけが明確に示されている状態。 完全に行き詰まった、いや、生き詰まっている。 どんよりした私を代名するかの如く黒い雲が頭上で塒を巻いていた。 転機どころか天気まで最悪だ。
両親が生きる屍と化した私を、半ば強引に立たせて外へ散歩へ行かせたまでは良かった。 …ぽつり、と雨粒が。 心が憔悴しきっていた私は気にかける余裕などなくすっかり忘れていたのだ、山は天候が変わりやすいのだと。
「ちくしょう、やられた…」
思わず悪態をついた。 いよいよ本降りになって来た雨、獣道を歩いているお陰で木の下で雨宿りは出来るものの、濡れるは濡れる。 家を出て、円を描く様に裏山へ入り、獣道を通って出てくるのが昔からの散歩ルートだが、どうしたものか、此処は丁度中間地点で進むも戻るも同じくらい憂鬱である。 とはいえ、逃げてばかりの私は、たった30分の道のりすら引き返すような惨めな真似はしたくない。 仕方ないと溜息を一つ吐いて、諦めて鋭い雨に打たれてながら歩みを進めた。
物理的に肌を突き刺す雨の痛みに加え、風まで強まって来た。 春の嵐、メイストーム…何たってこんなタイミングでやってくるのだろう。 昔からの散歩ルートと言ったが、生まれてからずっと地元に住んでいるが故、実に20年の付き合いになるのだが、その中でも類をみない荒れ具合だった。
「……っ、あれ?」
只でさえ馴染みのない荒れ狂う景色に、もっと馴染みのないものが。 嵐に襲われて足でも滑らせたのだろうか、私の十数歩ある先に、人が…珍しい銀色の髪をした若者が倒れていた。 ほっとけないよね、と早く安否確認をしなければいけない使命感に体を強張らせながら彼に近付き、俯せのがっしりした体をひっくり返して心臓に耳を当てる。 と、そこで私は動きを止めた。
あれ、おかしくない?
とくん…と弱々しい鼓動を確認して、厚い胸板から体を離し、立ち上がって、更に彼から数歩後ずさる。 私は今何を見たんだろ。誰を見たんだろ。 鈍い色を宿した銀髪、苦しげに歪められた、人に比べて短く力強い眉、瞑った目には目立つくせによく似合う下睫毛が。
あっれ、おかしいなぁ。
寄ってその顔をまじまじと見る。 やばいよ、やばいよ。 常人じゃない整った顔立ち、濡れて艶を増したか細い息の漏れる唇。
ねぇ、神様。 これも転機の一つなのでしょうか。
春の嵐によって運ばれて来たのは、鬱陶しさだけではなかったようだ。 真面に筋肉すら付いていない私がどこまで踏ん張れるか、やるだけやって、家が近くなったら気が引けるが愚弟を呼ぼう。 だらりと垂れる腕を首に回し、意識を失って重力が掛かりまくる体を弱い力で支え、歩き出す。
途中、彼から呻き声が聞こえて声を掛けようと思ったのに、何故か口から出たのは謝罪だった。 女ですいません。 寝起き一発目に浴びせられるのは何だろ、怒声かな。
|