26日 2/2
結果から言って、黒崎蘭丸という人は、話せば分かるとても素直な人だった。 私の説明じゃ支離滅裂で意味がわからないだろうと、途中で下りてきた弟を彼に紹介した後私に変わって全部話してもらった、助かる。
黒崎蘭丸はゲーム、アニメの中に存在する人物であり、本来私たちの次元と交わることのない世界から何かの異変で飛ばされてきたこと、勿論この世界には彼の事務所も同僚たちもいないので誰にも連絡を取ることは出来ないだろうこと。 一応たまたまポケットに入れていた無事だった蘭丸さんの携帯を開いてもらったが、案の定圏外だった。
納得はしていないんだろうけど、蘭丸さんは「すまねぇ、しばらく世話になる。」と案外あっさりこうべを垂れて、それを無茶苦茶手を振って弟と二人で止めた。 両親は今畑にいるだろうから後で紹介すると伝えれば、頼むと。 やっぱり大人だから礼儀正しくて恐縮した。 かっこよすぎて無理です、眩しいです。
「あっ、申し遅れました。 仁科結です。…よ、よろしくお願いします。」 「弟の晴斗です。だめな姉貴ですいません。」
何でお前が謝ってんだよ。 肘で弟を突っつくと倍返しの力でアッパーカットを喰らって無様に仰け反った、恥ずかしい。 蘭丸さんが起き上がろうとするので、すかさず弟がその体を支えて、布団の上で彼は胡座をかいてお座りした。
「知ってると思うが、黒崎蘭丸だ。 世話になってる間、出来ることはする。」 「あの…その前に早く怪我治しましょうね。」 「あぁ、悪りぃな。」 「姉貴って口下手だよね。」
ごめんなさい、器用な弟とは裏腹に姉はこんなんです、申し訳ない。 蘭丸さんが起きなかった5日間、弟は甲斐甲斐しく世話をしてくれていて、なんかもう、私女として負けてる気がするんだ。 今だって弟は何か温かい飲み物用意して来ますねと客間を離れていく。 二人きりで取り残されて居心地が悪くなってしまって、沈黙の中ぼそりとすいませんと謝ると、蘭丸さんもどもって、いや…とくぐもった声で答えた。
「そんなに畏まらなくていい。」
いや無理ですって。 本来なら起こるはずもない奇跡を前にどうしておちゃらけて「来てくれてありがとーう☆これからよろしくマッチョッチョ♪」とあの死語アイドルと名高い彼のようにはしゃげるものか。 どう考えても無理です。
ふっ、と吹き出す声を聞いて驚くと、彼は綺麗な顔を崩すことなく、体に響かないように静かに笑っていた。 訳を聞くと私の顔が面白いからだそうで、いや失礼な!
「百面相してたから、ついな。」 「…お恥ずかしい。」 「構わねぇ。」
でも本当にかたくなくていいと、彼は微笑んで言ってくれた。
もしかしてこの人、既に後輩や主人公七海春歌と打ち解けた後なんじゃないの?とおずおず後輩のことを尋ねてみると、彼は嬉しそうに、あぁだこうだうるせーが同じ業界にいる中で力は認めているし同僚含めお互い高め合える仲間だと宣言する。
満更でもなさそうな彼が、私は羨ましくて、俯いて顔を歪めた。 蘭丸さんが纏う輝かしいスターのオーラ、気高いプライド、ていうか彼の全てが、本来なら手の届かないところに生きる人だと知らしめている。 私の憧れた世界に生きる彼が恨めしくもあり、悔しい。
「ほんと、恨めしや…。 はやく良くならないと、私が代わりにカルナイのメンバーになっちゃうんだから。」
睨まれた気配がしてばっと姿勢を正すと、あぁ良かった、蘭丸さんは膨れているだけだった。 そこにタイミングよく弟がマグカップを持って帰ってきたので、蘭丸さんの前を弟に譲る。
「甘いもの大丈夫でしたか? お茶丁度切らしてて、ホットチョコレートにしてみたんですけど。」 「もらう。さんきゅ。」 「もうちょっとしたら両親も帰ってくると思うんで、ゆっくりしててください。」
コミュ力の塊我が弟晴斗、恐ろしい。 でも弟の自然な態度に、私も蘭丸さんも救われたと思う。 だって、ほら…私口下手っていうか、今あまり調子良くないから!うん、そう! 一先ず弟の入れたホットチョコレートを飲んでいくらか表情が和らいだ蘭丸さんに、姉弟揃ってほっと一息ついた。 ホットだけに………すいません。
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