21日 2/2
結局誰の力も借りず、引きずりながらも家に辿り着いた。 立派な濡れ女になった私に弟は死んだ目で「入って来るな。」と吐き捨てた直後、私の抱える男を見てそっと白目を剥いた。
「ちょっと、助けてくれない?」 「死人を連れ帰ってこないでよ。」 「死人って言うか…」
死神すら睨み殺しそうな奴なんですけど。
冗談は飲み込んで、文句垂れてはいるがちゃんと手伝いはしてくれる弟に彼を預けて、手当てや着替えをやってもらう。 お前、ほんとはシスコンだろ。
「姉貴にやにやしてないで着替えてくんない?」 「すいません。」
我が弟はこういう奴だ、冷たすぎる。
素早く着替えを済ませて1階へ下りれば、弟は客間に彼を寝かせて、自分の寝間着を着せていた。 聞けば、多少頭を打ったのと腕や足にある擦り傷、雨に打たれて体温は奪われたものの幸い命に別状はないらしい。 器用にも弟は傷を消毒をし包帯も完璧に巻いている。
「でさ、姉貴。」 「うん。」 「この人…」 「……うん。」
布団を被せて、幾らか表情の和らいだ彼を見て、二人で重々しく口を開く。
「蘭丸、さんだよね。」 「ソウデスネ…」
目の前で眠るこの銀髪の男は、まごう事なき、某歌う王子様が集うゲームアニメの登場人物の一人、黒崎蘭丸であった。 コスプレなどではない。 カツラかなと試しに髪を引っ張ってみたり特殊マスクでもしてるのかと頬を摘んでみたりしたが、そんなものは一切ない。 本当に本当の本当なのだ。 彼は、黒崎蘭丸なのだ。
画面の奥に存在する筈の彼が、次元を超えてまでここに来た理由など分からないが、こうして拾ってしまった以上、彼を人目にさらす訳にもいかなず、このまま保護するしかないだろう。 …不可抗力とは言え、推しが目の前に現れ、その上一つ屋根の下で眠るとしたら皆どう思う? 言う事はこの一言に限る。
「無理。」
「何が?」
ほーらみろ!また死んだ目だ!
「久々に部屋出たと思ったら早々に問題持ち込んでさ、姉貴疫病神なんじゃないの。」
痛い、鋭い。 弟の言う通り、私は家に居ても何の役にも立たず、親の脛をかじって生きているだけのクソ野郎だ。 前向きに試験勉強に励む弟にも、畑仕事して決して多くはない稼ぎで私達二人を養う両親にも申し訳なくなって、ごめん、と呟いた。 その声が届いたのか、弟はガシガシと頭を書いて、ぐあぁっと変な声を出した。
「……冗談だっつの。」 「う、うん。」
そして姉である私の頭を乱暴に一撫でして、立ち上がって客間を出て行こうとする。 直前、微かに振り返ってまだ幼さの残る横顔を淡く染めて、ボソボソと嫌味を言う普段からは懸け離れたしおらしい様子で言った。
「もうびしょ濡れになって帰って来るのやめてよね。 め、迷惑だし、その…これでも俺、姉貴心配してるんだから。
……じゃ俺勉強あるから、蘭丸さんの面倒よろしく。」
と。
最後は蘭丸の事を丸投げして自室に引き揚げて行った。 これは弟の夢小説かって?違う違う。 でも、惚れそうだ…。
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