気づいて、 1/1
高華王国の緋龍城。かつてこの地を治めた緋龍王のねむるここでは、彼と同じ髪色をしていると言われる齢十五の姫が、じきに誕生日を迎えようとしていた。
幼い頃に皇后である母を亡くしたが、王の愛情をたんと受けて育った姫、ヨナは今、紫水晶をはめたような澄んだ瞳に、愛らしくふくらんだ頬に紅をさし、陽の下で笑っている。 彼女の誕生日を祝うため、幼馴染であるスウォンが城を訪れていたのだ。ヨナはスウォンのことになると急にしおらしくなったり、かと思えばそばにいたい、と言って聞かなかったり忙しい。国王は宴の支度でこの場を離れているため、中庭で睦まじく語らう少年少女を咎める者はいなかった。
「よぉ。」
ふと背後から掛けられた声に、庭を眺めていた文官の装束をまとったその人は振り返る。声の主は姫の専属護衛を任されている風の部族族長のハクだ。そして宮の柱、常に日陰になる場所に佇むその人はユタと言った。
「じっと見ていないで、混ざってくればいいだろ。」
欄干に腰をかけ、ハクも庭を見下ろす。ヨナの護衛に着く前からヨナとスウォン、ハクは共に遊んでいた仲だった。その場には必ずユタもいたのだが、一度たりとも声を発することなく、彼はただ見守るに徹していた。ハクはそれが気に入らないらしく、こうして暇さえあればそばに来て話しかけてくるのだ。
「…僕の役目は姫様の護衛です。」
目線も寄こさず答えたユタの声は、風の音にも掻き消されそうなほど小さかった。
ユタは、ヨナ姫と言葉を交わすことを禁じられている。その事実を知ったのは専属護衛に就いてからだった。だからあれほど誘ってもうんともすんとも言わず、その場から動かなかったのかとハクは納得したものだ。しかし、いくら探せど、ヨナとの交流を禁ずる理由が見つからなかった。
不意に、ヨナの悲鳴が上がる。どうやら持っていた花を風に弄ばれたらしい。スウォンから渡された花は緩やかな波を描き、ユタとハクの間を鮮やかな色彩を残し、通り抜けていく。同時に舞い上がったユタの墨を垂らしたような漆黒の髪が、彼の雪解けを知らない頬におりる。月影を思わせる彼の紫紺の瞳が長い睫毛の下に隠れてから、ようやくハクはその様に見惚れていたことを自覚した。
呆然と風の行く先を眺めていたヨナとスウォンが、ハクの姿を見つける。
「ハクー!」 「ハクもいらっしゃい。」
彼らの視線はハクにしか向けられていない。大きく手を振る幼馴染を見やってからユタの方を振り向けば、彼は中庭に背を向けて、ヨナたちから完全に姿を隠してしまっていた。 再び話しかけようとしたが、つん、と逸らされた横顔からはさっさと行けと言わんばかりの空気が漂っている。ハクは苦笑しつつ、ユタのそばを通り過ぎて中庭へ降り立った。その際、自分よりも頭一つ二つも低い位置にある黒髪に手を伸ばしてぐわっと撫で回してやることも忘れず。
「じゃあ、また。」
挨拶もろくに返さないというのに、律儀にそう言って、今度こそハクはヨナたちのもとへ歩いていった。変に撫でられた所為で、高い位置に結っていた髪が乱れ、ユタは歯を噛む。
「……羨ましい。」
溢れた本音は、鈴を転がすような笑い声に紛れて、誰にも拾われなかった。
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