双龍の王 | ナノ



旅立ちの朝
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ムンドクの住まいを出たハクは、その足でユタを連れて都にある唯一武器を扱っている店へと向かった。容赦なく扉を壊して商品を物色する彼に、何をやっているのかとユタは訝しんでいる。ハクは入り口に佇んでいる少年に、ちょちょいと手招きをした。

一歩踏み出した途端腰に手を回され、引き寄せられたユタが驚いて息を飲む。ハクは何も言わずにユタの帯に巻きつけられた剣帯を取り除いた。

「……ハク将軍、何をしているんです。」
「見りゃわかるだろ。武器の調達だ。」

ユタには、城の近衛兵たちが身につけているのと同じ剣が与えられていた。けれどそれは実際に戦場に出て戦う各部族の持つ武器からすれば、大変に脆い。ハクは漁っていた中から質素だけれど重厚感のある剣を剣帯に取り付け、再びユタの腰へと腕を回した。

「…………ちかい。」

その様子を見下ろしていたユタは、屈んだハクの姿勢に自分でも思わず声が漏れ、慌てて口を噤んだ。…そんだけ?意地悪そうに目線を合わせ、口元を吊り上げたハクにユタが言い返そうとした時、この店の主人が飛び込んできた。

「ちょ、ハク様!
何やってんのこんな夜中にウチの商品を。」
「悪ィオヤジ、起こしちまった。」
「いやそうじゃなくて、戸壊れてるし。」

店の扉はハクの馬鹿力で思いっきり外れ、今は立て掛けてあるだけで意味も成していない。参った、と頭を掻いているが、主人は嫌そうな顔はしていなかった。

「小振りの剣と弓がほしくてな。」
「狩りでも行かれるんで?」
「…そうだな、行ってくる。長旅になるかもしれないが。」

一歩外へ出てしまえば、もう二度と戻ってくることはないだろう。ハクはユタに更に短剣を一振り持たせ、自分は弓を持って、主人に代金を袋ごと投げ渡した。

「世話になったな。長生きしろよ。」

主人は怪訝そうにしている。ユタも彼に頭を下げ、振り返らず出ていくハクの後ろをついて行った。





*





店を出た二人は、どちらからともなく都の入り口へ向かった。仄暗い空は、微かに夜明けの気配を背負っているが、昨日あった火の部族との一件で、皆眠れてはいない。都の中心から聞こえる喧騒から遠ざかる途中で、ユタは緩やかに足を止めて、ヨナのいる方を見た。

「どうした、やっぱりここに残りたいのか?」

つられて立ち止まったハクが、頭一つも二つも低い位置にあるユタの顔を覗き込んだ。彼女の眼に浮かぶのは、名残惜しさ。

「…そんなまさか。ここは良いところです。
ハク将軍の家族になら姫様を預けても安心だと思っておりました。」

ユタは持ち出した外套を被り直して、また歩き出す。

ムンドクに風の部族に託したハクの前に現れたユタは、部族長の肩書きを捨てるというハクの旅への同行を願い出た。ヨナを此処へ残していくなら、少しでも見つかるまでの時間稼ぎをするため、ユタがヨナに扮するというのだ。女物の着物こそまとっていないが、外套の下に隠してしまえば二人は背丈が似ている。本来ならユタも置いていくつもりだったハクはその提案に瞠目したが、こうして剣を何振りも持たせた上で仕方なしに許可をしたのだった。

もとより身一つで城を逃げ出したユタは荷物を持っていない。自分の中で踏ん切りをつけたのか、すたすたと歩いていく漆黒の髪を目で追いながら、ハクははたと気がついた。

「お前もジジイとの話聞いてただろ。
俺はもう将軍じゃねーからその呼び方、変えたらどうだ。」
「……ハク将軍、をですか?」

突拍子もないハクの言葉にユタが困惑する。変えろと言われても、彼が城に住みこむようになってからずっとハク将軍と呼んできたのだ。今更どう変えろというのか。珍しく眉間に皺を作り、ユタがぼそぼそとした声で、ハク様、と呼ぶ。

「そうじゃねぇ。」
「痛い。」

が、すかさずハクがユタの頭を小突いた。

「敬称をなくせってことだよ。」
「…わかりました。」
「あと敬語も。」
「…………。」

将軍でなくなることと、これには何の関係があるのか。年上であることは変わらないし、これからもハクはユタからすれば大人だ。なのにどうして喋り方まで変えさせる必要がある? そう言いたげにユタはぶすくれているが、引き続き敬語で話そうとするとハクが無視して返事をしないのがわかると、諦めて頬の空気を抜いた。

「わかったよ、ハク。」

本人はまだ納得はいっていないようだったが、薄い唇から紡がれる自分の名前に、ハクは満足して大きな手をユタの頭に乗せた。

「上出来だ。」

ムンドクと再会した時、ハクはわずかだが、二人のやりとりを聞いていた。ユタは昔から強がって平静を保とうとするくせがある。わざと人との間に壁を作り、おかたい喋り方で距離を取っているようにハクは感じていた。ヨナのように、彼女とも気兼ねなく軽口を叩きあえる関係になれれば何より。そんな願いも込めて、ハクは鬱陶しそうに頭を振って逃げ回るユタへ笑顔を零した。


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