双龍の王 | ナノ



安息の地
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火・水・風・地、それと王族「空」を加えた五つの部族で、高華王国の政治は成り立っている。ハク含め、各部族の長は将軍と呼ばれ、王と部族を守護する最強の戦士とされていた。

城で行われているという五部族召集は、この将軍たちが集められるのだが、ハクは当然のことながら呼ばれてはいない。代わりに、将軍を辞していた長老ムンドクが城に呼ばれたのだという。そしてハクたちが徒歩で風牙の都へ向かった数日は、ムンドクが召集を終え、戻ってくるのには十分すぎる時間だった。

「よかった、ご無事だったか。よかった。」

到着して馬を降りたムンドクは、ヨナとハクの姿を認めるなり駆け出して、年老いてもたくましい腕に彼女を閉じ込めた。ハクの育ての親でもあり、城によく出入りしていたムンドクとは、ヨナはもちろんユタにとっても、他の部族長よりは親しみやすい人だ。彼は風牙の都へ逃げ込んだ二人に、すぐに状況を把握し、守れずに口惜しい、と後悔の念を口にする。

「……………少し、お痩せになられましたか。」
「……ううん、温かいもの、おいしいもの、たくさんもらったの。あんなに美味しいごはん、初めて食べた。
風の部族はムンドクみたい。あったかくてほっとする。」

十分とは言えないが、休息を得てからヨナは言葉も次第に取り戻しつつある。先ほど洗濯の仕事を押し付けられた際、ハクの軽口にヨナが不服そうな顔をしたのも、ここで休めたが故の進歩だった。

ヨナの言葉に頷いたムンドクが、不意にこちらを向く。ハクの背に隠れていた黒髪を目にした彼はそのままずかずかとユタの前までやってきた。しかしユタは、ムンドクが口を開く前に緩やかに首を振る。

「何ともないよ。」

近寄ってくる際にムンドクが押しのけたハクには聞こえないよう、ユタは小声で無事を伝えた。
ムンドクはスウォン師である。剣の稽古をつけ、戦い方を教えていた。その時にはユタも呼ばれ、二人でムンドクに手ほどきを受けていたので、他者よりも気軽に言葉を交わせる仲でもあった。だから彼は、ユタがただの文官ではないことを知っている。ユタが首を振ったのは、ムンドクが変なことを口走らないための制止でもあった。

「そんなことはありませぬ。
あなた様も父君を亡くされて…。」

本当に、何ともないんだ。実の親であろうと、あの人からは家族としての扱いを受けたことなどない。ヨナのように傷つくこともなく、ユタはあくまで平常心だった。ムンドクも彼女の様子を悟り、それ以上は言うこともなく、こちらを怪訝そうに見ていたハクへ愛の抱擁をしに去っていく。

平穏な時は、川の枯れた原因を突き止めるために上流へ向かったはずが傷だらけになって現れたヘンデにより、終わりを告げた。


火の部族は、スウォンを王位につかせようとしている。王になるためには部族長たちの承認を得なければならないが、ムンドクは拒否して城を飛び出してきたのだと言う。火の部族は、ムンドクが認めざるを得ない状況を作るため、川を堰き止め、商団を襲い、圧力をかけてきていた。

商団から定期的に薬を届けてもらっていた幼いテヨンは、今はそのあてもなく発作を起こし、ヨナの腕の中で苦しげな寝息を立てている。夜も更け、ヘンデが単身馬を走らせて薬を取りに行く間、ヨナが懸命にテヨンの世話をしてくれていた。

ムンドクも口を閉ざす中、風の部族の要たちが集まる場でハクが告げた。

「この件は俺が必ず何とかする。
川が止められたからってすぐに干涸らびる俺らじゃなし、俺に命預けたと思って、黙って待ってろ。」

誰がスウォンに味方をし、彼を王に祭り上げようとしているのか。その内訳までは伝えられなかったとはいえ、謀反の計画を聞かされていたユタは、憤る彼らの前に言葉なく、ヨナとテヨンを眺めていた。

ムンドクも当然、スウォンと懇意にいていたユタが無知であるとは思っていない。複雑な立場に立たされているユタが、ヨナには知り得ない感情を王に抱いでいることも。それらを黙って全て引っくるめて、彼は…彼らは、ヨナたちを受け入れると言うのだ。王の承認と言い、傷だらけのヘンデと言い、風の部族はどこまでもあたたかく、そして危ういものでもあった。

──────「愛しているからこそ、今は離れて。」

ハクの覚悟が、その背に滲んでいた。




*




集まっていた風の部族たちがそれぞれ去っていき、残されたヨナたちもテヨンの看病をしつつ、そばに布団を敷いて眠ることになった。テヨンと布団を並べたヨナのそばで、座りながらうつらうつらとしているユタ、壁にもたれかかるハク。静かな寝息だけが空気を揺らす中、ハクはおもむろに目を覚まし、体を起こした。

頑なに横になることを拒んでこの体勢のユタのそばには、掛け布団やら枕やらが積まれている。ハクはその中から薄手の毛布を引っ張り出して、起こさぬようユタの肩へとかけてやった。まだ彼女が微睡んでいるのを確認すると、その足で母屋を出ていく。戸が音もなく閉じた頃、紫紺の双眸が満ちる月を映した。


「スウォンの新王即位を承認してくれ。
俺は明朝、風の部族を去る。」

道中、運び込まれた商団の怪我人の手当てに駆け回る女性たちを横目に、ユタはハクを追ってムンドクの母屋まで辿り着いた。外壁に凭れて、聞き耳をたてる。部屋の中では、この件は俺がどうにかする、と言ったばかりのハクが固めた決意をムンドクにぶつけていた。

ムンドクには、長老として風の部族を守ることを最優先にしてほしいのだと言う。ムンドクがスウォンの一件を承認すれば、火の部族から手出しされることもなくなる。ハクはこれ以上、彼に部族を危険に曝すまねはさせたくなかった。

「…姫様は置いてゆく気か?」
「……よーやく少し笑えるようになってきた。
連れてきてよかったと思ってる。」

ユタの中に、テヨンたちと笑い合うヨナの姿が浮かぶ。風の部族の人たちのあたたかさが、ヨナらしさを取り戻してくれているのだろう。

「頼みはもう一つ。
ヨナ姫を城から隠し、一生を風牙の都で、風の部族の人間として生かしてやってくれ。」

これが、ハクのヨナを、部族を想っての最善の策であった。

一枚壁を隔てた向こうで嫌ぢゃ。と即答したムンドクにユタは雲ひとつない星空を見上げた。この場所なら、ヨナも無事に生きていけるだろう。ムンドクや、ヘンデたちが支え、きっと幸せな一生を送れるはずだと、ユタも信じて疑わない。
ムンドクは手塩をかけて育てた愛する孫を手放すことになるが、ハクの意志は揺るぎなかった。

「風の部族長、ソン・ハクの最後の命令だ。」
「御意。」

その言葉を最後に、ムンドクが酒を呷る。ハクが立ち上がるの背に感じた。

ヨナがここに残るなら、自分は何をすればいい?

穏やかな風に吹かれて、その疑問は些細なものとなり、消えて行った。ムンドクの家を出たハクが、扉のそばに背を預けるユタに目を見開く。彼の前に立ち塞がったユタもまた、ささやかな頼み事をした。

「僕も…僕も連れて行ってください。」


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