まがりばな


「よかった!サルシャーン、もうずっと目が覚めないかと思った〜!」
「おいお前!ナルサス様だけじゃ飽き足らずサルシャーン様にまでべたべたと…!」
「女の子同士だもの、いいじゃない。それとも何?羨ましいわけ?」

左右を少年少女に囲まれ、取り合われているサルシャーンは、いつか見た軍師と同じくげんなりした顔をしている。

剣の稽古を終え、アルスラーンたちが広間へ戻ってすぐ、サルシャーンが姿を現した。先刻まで眠り続けていた彼女の登場に皆驚き、駆け寄ったところでエラムとアルフリードの口喧嘩が勃発したのだ。

女の子同士だもの

アルフリードの言葉にサルシャーンはハッとして、一歩離れた場所に立つアルスラーンの顔色をうかがったが、彼は眼をやわらげ、安堵を語るばかりで他に変化はみられない。一抹の不安を抱え表情を曇らせるサルシャーンに、こちらもいくらか喜びの色を隠しきれずとも、凛としたナルサスが声をかけた。

「部屋の前に見張りを置いていたはずだが。」

彼女の容態に変化があった際、すぐに知らせが来るようにと部屋の前に二人ほど兵を立たせている。しかしサルシャーンが今この場にいるのに、見張りたちは一向に報告に来ない。

まさか、気絶させたのではあるまいな?とでも言いたげなナルサスの視線に、サルシャーンはバツが悪そうに目を逸らして答えた。

「……正面から出れば止められると思って、窓から外壁を伝って下りてきた。」
「もっと悪いな。」

ダリューンは呆れて肩を落とし、ナルサスは顔を覆った。一体寝起きのどこにそんな体力があるというのか。そういえば以前もいきなり首を絞められたな、と首を撫でるギーヴ以外は誰もがそう思っただろう。

この後待つのは恐らくナルサスの説教だ。幼子が悪事を隠すかのように、サルシャーンは、それより、と話を切り替えた。

「何故兵たちが揃って旅支度をなさっているのか、教えてくださいますね。
…それと、この男の正体も。」

前に転がされて、ようやくこの場にいる者たちに存在を気付いてもらえたラジェンドラは、もうどうにでもなれとどこか諦めたような顔をしていた。




*




銀仮面が逃げ果せたこと、倒れた自分をキシュワードの妻であるナスリーンをはじめ侍女たちが手を尽くして懸命に手当てしてくれたこと。手当てを受けている最中、アルスラーンとその側近たちがシンドゥラと交戦したことを一通り聞き終えたサルシャーンは、納得のいかない様子で、己の定位置であるアルスラーンのそばに腰を下ろしていた。

幼き頃ナルサスがパルス国、もっと言えば国王アンドラゴラスが王座につくまでの道のりを教え説いてくれた。アンドラゴラス王は、兄オスロエスの崩御後に国王となったが、その間には陰謀が渦巻いていることだろうな、とナルサスが零していたことを思い出す。
此度のシンドゥラも、似たようなものか。王権争いには兄弟喧嘩が付き物だなぁ、とサルシャーンは遣る瀬ない思いを抱いた。彼女にとって、兄弟とは敬愛すべき対象以外他ならないからだ。

兎も角、国を挙げての兄弟喧嘩に、アルスラーンたちはラジェンドラに手を貸すのだと言う。サルシャーンもそれに異存はない。
ただ、言うとすれば、彼らが既にサルシャーンを抜いての行動を思案していたことが納得のいかない要因であった。

「私も共に参ります。」
「自分が病み上がりだということをわかっているのか。
その体で戦場へ出ても、お前のみならず、殿下をも危険にさらすことになる。残れ。」
「断る。」

縄を解かれ、アルスラーンの正面へと腰を落ち着けていたラジェンドラは、華奢な体からは想像もつかぬ物怖じしない目上の男の言葉をすっぱりと切り捨てる少女と、こちらも怯まず諫言を重ねる軍師を一目に収めて、居心地の悪さを感じていた。

彼らの言葉や少女の軽装から察するに、どうも彼女は怪我から復帰、いや起きたばかりらしい。そんな状態であのような回し蹴りを決められ、挙げ句の果て縄でキツく縛り上げられて城の中を連れ歩かれた。ラジェンドラは屈辱的な体験を他所に、体力気力有り余る彼女の肩を持ちたいとすら思いはじめていた。何と恐ろしい女性なのか。

ナルサスと向き合っていたサルシャーンが、板挟みになっていたアルスラーンに向きをぐるりと変えた。アルスラーンは先ほどから困った様子もなく、二人の会話を聞いているだけだ。サルシャーンは、吊り上げた目を一度伏せ、言葉を紡ぐ。

「お言葉ですが、殿下。
指揮をとるため二日、三日殿下のもとを離れるならまだしも、異国の地…況してや、お帰りがいつになるかもわからぬ旅路に、私を伴してはくださらぬのですか。
足手まといにはならないつもりです。」

相手は仮にも一国の王子なのだが、サルシャーンはお構いなしに、不満げに頬を膨らませている。その様があまりにも愛らしいので、アルスラーンは堪らずふふ、と笑い声を漏らした。

「端からおぬしが足を引っ張るとは思って居らぬよ、サルシャーン。」
「なら、私を連れて行ってくださるのですか?」

懇願するサルシャーンだが、アルスラーンの意思は彼女がこの場に現れたことで、決まっていたのだ。

「一つ、条件がある。」

アルスラーンは再び彼女がそばにいてくれることが嬉しかった。彼女が望むのなら、この先も何処へだろうと伴していくつもりだ。ただ、二度と彼女の意識が暗闇に沈む事態だけは避けたい。

「此度の戦いでは、前線へ出ないこと。
私の周りにはダリューンもついているし、ナルサスも策を講じてくれている。だからおぬしは無理せず、後方に努めてはくれないだろうか。
ナルサスも、それなら良いか?」

問われたナルサスは肩を竦め、殿下の仰せとあらば…とその場で礼をし、他の臣下たちもそれに倣う。
一方のサルシャーンと言えば、前線で戦えないことは歯がゆいが、それ以上に込み上げるものがあるようで、はやる気持ちを拳を握りしめて耐えていた。

「はい!仰せの通りに!」

そうしていると、ただの女子なんだがな。
先ほど自分がシンドゥラの王子であることを伝えた際の彼女の表情を思い出して、ラジェンドラは微笑ましい空気の中肩を落とした。
横から赤紫の髪をしたギーヴという楽士が、おぬしも嫌われたな、まあ気にするなと慰めにもならない言葉を寄越したが、ラジェンドラには傷口に塩だ。何せ、ギーヴと似て軽薄そうな匂いがする…と言って嫌われたのだから。


かくして、サルシャーンのシンドゥラ遠征への同行が認められたのである。



曲がり花 -心をひきつける-

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