ひえんそう


日が昇って、カーラーン隊の者たちが戻らない内に、一向は人のいない小屋を探し身を潜めた。漸くひと息つくと、少年たちやファランギースは思い思いに武器の手入れや火の準備などを始める。
その傍らで王都へ偵察に向かうために支度をするダリューンとナルサス、そしてサルシャーンが彼らの馬のそばにいたのだが。

「待て待て待てサルシャーン!それは…!」
「混乱に乗じて取ってきたんだろう。
折角王都へ行くのだから売って今後の逃避行の足しにする!」
「早まるな!」
「離せ変態!!」

と、先程からサルシャーンと新たに仲間に加わったギーヴという男がそんなやりとりをしている。ギーヴの馬に積んであった荷物を、サルシャーンがバートンに乗せようとしていたのだ。それをギーヴはしがみついて引き止めている。側から見れば、なんとも間抜けな絵面だ。

「ややこしくなると思っていたが、あれを見る限り心配事は一つ消えたな。」
「ああ、心底嫌そうな顔はしているが。」

カーラーンとの戦いの最中、彼女はギーヴの戦いを見ていなかったはず。でも彼女はナルサスに「腕はたしかだ。」と断言してみせた。因縁はあるが、それを抜きにしてギーヴの戦いを目にし、認めている口ぶりだ。

「サルシャーンも殿下に負けず劣らずの人誑しだな。お前とは大違いだ。」
「お前も人のことは言えないんじゃないか?」

得意げに鼻を鳴らしたナルサスだが、ダリューンの言う通りである。何せこの二人は人に言わせれば、自分が正しいと思い込む可愛げのない大人なのだ。

「行くぞ、サルシャーン。」

終わりそうにもないサルシャーンとギーヴの攻防戦に終止符を打つべく、馬に跨がったナルサスは声をあげた。

「どうせ今王都ではろくな物は買えん。
暫くそれはギーヴに預け、いざという時に役立ててもらおうではないか。」
「む……そうなのか?」

王都はルシタニアの者で溢れかえっている。彼らは王都へ攻め込んだ際奴隷たちを自由民にしてやると嗾しかけ内側から城門を開けさせたそうだが、カーラーンの動向を探りに行ったエラムが言うには、それは真っ赤な嘘だったらしい。結局彼らも奴隷を見下し、王都で好き放題に振舞っている。
エラムと共に王都へ忍び込んだサルシャーンもその光景を思い出し、納得して半ば諦めたように財宝の入った袋をギーヴへと投げ返した。

「ナルサスの言う通りだ、しっかり役立てもらうぞ。」
「ああ、このギーヴにおまかせあれ!」

ひとまず財宝を返してもらっただけで満足だ。見え透いたそんな心の声をサルシャーンはしっかり目で感じ取っていた。
確かに信用ならない男で、金に貪欲で女好きな楽士だが、それでもサルシャーンは彼に恩がある。嬉々として小屋へ戻っていくギーヴの背を深いため息と共に見送り、サルシャーンもまた愛馬へと跨った。



「サルシャーン。」

馬を走らせ数刻もしないうちに、前を行くナルサスが徐ろに振り返った。何だ、と視線で続きを促すサルシャーンに、ナルサスは問う。

「殿下には女だと明かしているのか?」
「あ、えっ」

唐突にそんな質問をするものだから、図星のサルシャーンはわかりやすく動揺した。ナルサスはそんな彼女の反応を予想していたのか、口元に笑みを滲ませている。

サルシャーンが洞窟で彼らと合流したあの時、あろうことか王太子であるアルスラーンは躊躇いもせず彼女の首に飛びつき、共に泣いて慰めていた。アルスラーンは心優しい少年である。同い年で親しいサルシャーンを部下と思わず、友人のように接するのはわかるが、彼女が女だと知っていたら、そう簡単に抱きついたりはしないだろう。
あの夜のことは当の本人たちは何も気にしていないようだが、それを見ていたナルサスは密かに疑問に思っていたのだ。

「な、中々、言う機会がなくてだな…!」

という彼女も、自分が女であると高らかに宣言したのはエクバターナを脱する直前のあの城壁での一件だけだ。

「殿下に限ってそのようなことはないと思うが、もし万が一、嫌われてしまったらどうしよう、と…。
いや、悪気があったわけではないとはいえ、騙すようなことをしているのだ、罰を受けるしか…!
しかし、今殿下には余計なことを考えさせたくはないな…私の性別ごときで余計な気を回す時間など…」

頭を抱え悶々としはじめたサルシャーンに、ナルサスとダリューンは顔を見合わせて肩を竦めた。
寧ろこっちもある意味では余計なことではなく、最重要事項にもなりかねない話題であるが、そんなことを言ってもサルシャーンは自分から性別を明かしたりはしないのだろう。

「殿下に限って、か。
わかっているなら打ち明けてしまっても然程現状は変わらないだろうに。」
「サルシャーンには一度、殿下とゆっくり話をする機会を与えてやらねばならんな。」
「年長者も苦労するな。」

こんなのは苦労のうちには入らん。背後で百面相を繰り返しているサルシャーンを盗み見て、男たちは今はまだ薄弱な少年に思いを馳せた。

王都までの道のりは長い。

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