せいようふうちょうそう



えぇいっ、やぁ!と、激しくぶつかる金属音に混じって聞こえる少年の声。男にしては細い自分より、もっと力強く、透き通った深みのある声だ。
一体誰がいるのだろうと、王宮を案内してくれているヴァフリーズに視線で尋ねると、彼は大らかに、紹介いたしましょうと庭へ連れて行ってくれた。

ヴァフリーズの後を追うと、渡り廊下を下りたところで稽古をしている若者が見えた。
高身長でため息も出てしまうほど逞しい筋肉をつけた肌がよく焼けた男は、先日ヴァフリーズに連れられ挨拶を交わした彼の甥のダリューン。
もう一人は、その男に対してかなり華奢な印象を与える、アルスラーンと然程歳の変わらない少年だった。

先のほどの声の主であるその少年が声を上げる度に口の端から覗く八重歯や、体格差を物ともせずダリューンに立ち向かっていく姿はひどく野生的である。
ダリューンの剣を交わす動きに合わせて揺れる髪を、アルスラーンは呆然と眺めていた。これから自分も、彼らのように稽古をしなければならないのかと、他人事のように思った。

突然、カラン、と乾いた音が響いてアルスラーンはハッと我に返る。足元に転がってきた剣と、大きく後方に投げ出された少年をみて、彼がダリューンの力に押し負けたのだと知った。

アルスラーンは、肩を上下させて息を整えようとしている彼のもとへ、恐る恐る近寄った。

「おぬし、大事ないか。」

大事、ありそうだな…と自分で言っておきながら言葉を否定する。
彼は手を差し出すアルスラーンを、ただ見上げていた。

「そのお方は王太子アルスラーン殿下だ。」
「…アルスラーン、殿下。」
「まだ王宮についてわからないことが多い。
サルシャーン、歳の近いおぬしに、殿下の側近を頼みたい。」

え、と彼は尻餅をついたまま唖然とする。

「私のような半端者に、そのような大役が務まりますでしょうか。」

好戦的な表情とは一変して眉をひそめる彼は、城下で暮らしていたアルスラーンにとっては、見た目も言葉遣いも、ずっと王族に相応しそうだった。
おぬしだから任せたいのだ、とヴァフリーズが微笑むと、彼はようやく表情を引き締め、アルスラーンの前に跪く。

「仰せつかりました、万騎士シャプールが末弟、サルシャーン。
至らぬ点はございますが、誠心誠意殿下にお仕えいたします。」
「そんなにかしこまらずとも良い。」

仕切り直しとばかりに、アルスラーンはもう一度跪いたサルシャーンに手を差し出す。

「私は今はまだ王子としては未熟だ。
だから、どうか友として、そばにいてくれないか。」

そういうわけには…と分かりやすく戸惑う彼に、ヴァフリーズが頷く。こういったところが、城下でスラムの子どもたちと駆け回っていたアルスラーンの親しみやすさのひとつだ。
サルシャーンは、やがて頬を緩めて、甘えますと手を重ねる。

きっとこの方になら心から尽くせるだろう。
微かな予感を抱き、サルシャーンはその手に引かれるまま、意識を浮かび上がらせた。




*




なんとも自分が馬鹿らしくなってくる。

ルシタニアとの戦いでパルス国内が混乱しているのに乗じ、シンドゥラから進軍した第二王子であるラジェンドラだったが、縄にかけられて床に転がされるという間抜けな目に遭わされた。
さらには母国へ勝手に手を組んだという既成事実まで流され、引くに引けない状態で彼らのいう通りに攻守同盟を結んだ。
代わりに、ラジェンドラが王位につけるよう手助けをするという利点付きで。

そうして賓客になり待遇が変わり、多少このペシャワール城塞での自由に行き来できる範囲も広まった。
ラジェンドラは、この日も朝に顔を合わせて以来姿を見せないパルスの若き王子アルスラーンを探しに、広い廊下をほっつき歩く。
途中通りかかった侍女たちにも聞き込みをしたが、皆知らないと首を振ってばかり。誰もあてにならないのなら自力で、と意気込んだはいいが、いつの間にか人気のない場所へ辿り着いてしまったらしい。

王子が出歩くならもっと護衛が付いていていいはずだ。そう結論づけて踵を返すラジェンドラの前方に、今しがた角を曲がっていく人影が見えた。
背丈は、ここからみてもラジェンドラより頭一つ以上は小さい。肩口で揺れる三つ編みに、たしかアルスラーンの側近にはゾット族の少女もいたかと思い出す。

アルフリードはラジェンドラを捕らえた張本人だが活発な少女であったし、他に食えぬ男はいるものの、ラジェンドラは物怖じせず皆に話しかけていた。
その要領で小さな人影にずずいと迫ったラジェンドラは、明快に声を張り上げる。

「やあ!そこゆく美人よ、我が友アルスラーン殿の居場所を知らぬか?」

ピタリと廊下に響いていた足音が止まった。
追いついたラジェンドラが顔を覗き込もうとした、その時。

「軽々しく、殿下の友などと、口にするな!!!」

サッと華麗な足払いをかけられ、いつかのように床に転がされる男が、そこにはいた。


西洋風蝶草 -秘密のひととき-

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