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※09Forbidden Lover


簡易ホテルで、汗を流す。髪を適当に乾かすと、ヒスイは一人、小さなベランダに腰掛けた。新しい建物は増えてきたが、きらびやかだった街の灯りはまだ少ない。
風に当たりながら、うつらうつら考え事をしていると、不意に背後のドア口から妙な音が聞こえた。

鍵は間違いなく掛けたはず。彼女は素早く振り向くと、サイドテーブルに置いた銃を取り上げた。
安全装置を外して、構える。軍人としての訓練が冷静に身体を動かせる。机の影に身を潜めると、やがて小さな足音が室内に近づいてくるのが聞こえた。
扉が音無く開く。入ってきた人間に、息を止めてヒスイは目を見張った。見たことのない若い男。鈍い赤の異質な髪の毛。知らない…が、彼女はそれが誰だかすぐに想像がついた。
戸惑いながら部屋を見渡す青い双眼。間違いない。


「な、に……してるの?」


思ったより声が震えた。姿勢を低くしたまま、ヒスイは静かに問い掛ける。銃口は降ろしたが、固い表情はそのまま。
声に反応して目が合う。男は無表情のまま、彼女をしばらくじっと見つめた。小さくなっているヒスイに視線を合わせて、膝を折る。間近で見ると、透明な青。青年はゆっくり手を伸ばすと、彼女の頬にそっと触れた。


「……悪い。また…、壊した。鍵。」


表情のない顔に、僅かに困った色が浮かぶ。ヒスイは盛大に息を吐くと、脱力してその場に座り込んだ。ラチェットはともかくまさか、…まさか彼まで人間を擬態するなど思いもしなかった。望んだ事がないわけではない。しかし、彼は人間を好ましくは思っていないのだ。


「ディーノ…、急に来たらびっくりします。人間の家はまずチャイムを鳴らして鍵を開けてもらわないと。心臓が止まるかと思いましたよ。」
「何?」


彼女の言葉に、ディーノの手と視線が左胸に移動する。無遠慮に這う手にまたしても飛び上がる程驚いたヒスイだが、心音を真剣に調べている彼を怒るのも何だか気が引けた。 やはりラチェットに比べて、格段に人としての知識がない彼は動作が随分とぎこちない。
彼女は小さく苦笑すると、彼の温度のない手を優しく握って自分の胸から自然に離した。


「どうしたの?何かあったんですか…?」


戸惑いながらも優しい視線。ディーノは具に彼女の一挙一動を監察すると、黙ったままその場にどかりと腰を降ろした。ラチェットに黙って使用したヒューマノイドプログラム。まさか焦って、ヒスイの側に近付く為だけにこんな事をしているなんて知られたら立ち直れない。しかし。


「…来てくれ。」


腕を広げて、小さな体を抱き寄せる。力加減が分からず、そっと。そっと…。掌でしか感じる事の無かったヒスイの温もり。優しい、香り。氷った心をじわりじわりと溶かす春の日差しのような彼女が愛しくて。大人しく納まる身体をディーノは大切そうに抱きしめた。


「…。何だか信じられない。起きたら全部夢だったりして…」
「?」
「ディーノが人型になるなんて、あり得ないと思ってましたから。」
「…そうか。」
「ふふ、でも嬉しい…」


ヒスイは小さく笑うと、自分もディーノを抱き締める。少しだけ涙が出た。幸せだった。今までも幸せだと感じていたが、比べ物にならない位心臓は煩くて満たされていた。


「同じ目線って良いですね。私からも貴方に好きだって伝えられる。」


リップノイズをわざと大きめに。頬に口づけて、ヒスイは照れくさそうに青い目を見つめて笑った。ディーノ、名を口にしながら赤い髪を指で梳く。
人間になってもいいかもしれない。
一瞬、そんな馬鹿な考えが真剣に過る位、ディーノにとって彼女の存在は温もりと愛に溢れていた。
不安だった目の前が、霧が晴れるよう明るんでいく。

この瞬間に、溺れ落ちていく。
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2013 07 10

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