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27誰が為の涙を溢す


死ぬつもりはない。
だが引き金を引いた瞬間、急所が逸れた。
決してわざとではない…が、彼女は自らの甘さを認識せざるを得なかった。死に神が目前に迫る。顔が引きつる感覚。噛まれた腕の痛みなど忘れてしまう程、赤い眼から目が逸らせなかった。

―――反射的に目を瞑った、瞬間。
多分…オイルが弾けたのだと、思う。頬を液体が掠め、後から腕に燃えるような熱さを覚えた。彼女の背後から熱弾が脇をすり抜けレーザービークの頭部を破壊したのだが、ヒスイの視界にはもはや済んだ光景しか映らなかった。
ぐるぐる廻る世界の中で赤い彼を彼女は捉える。落ちていく小さな体。最早、物言わぬ残骸となったそれが目の端から消えようとした瞬間、手が勝手にそちらへ動こうとした。


「、駄目だ!掴まれ!」


ぐらついたヒスイの身体をサムが引っ張り押さえ付ける。バランスを失って機体は回転しながら落下していく。腕をやられたせいで力が入らないと思ったのだろう、サムは懸命に彼女の身体が振り落とされないよう覆い被さっていた。
眠りから醒めるよう意識が戻る。そうだ、自分は軍人で…守らなければならない。サムの身体を引き寄せて、微かに彼に笑う。地上が近い。そう思った時には衝撃と砂煙が舞い、目の前が真っ白になった。振り落とされないようにサムの手を力いっぱい握りしめる。


『ヒスイ!』


名前を呼ぶ声に心臓が跳ねる。騒音の中でも気付かないわけがない。過去…人間の名を呼ばなかった彼が最近、よく名前を呼んでくれるようになった。口に出した事はないが、彼女はそれをとても嬉しく思っていた。

(ディーノ…、さん。)

レーザービークを撃ったのはきっと彼だ。命を救われたと同時に奪われた命。動きが漸く止まった所で脱力する。

誰にも見えないところで、伏せた瞳から零れ落ちた……一粒の涙。
殺そうとして、嘘をついて近づいてきて、…けれど確かに彼は目の前で笑い生きていた。会話をして、さっきまで生きていたのだ。
顔を上げる。砂埃を軽く払い、立ち上がるとディーノが膝をつき目の前まで来ていた。


『…何故泣く、』
「、泣いてないです。これは、砂が目に入っただけで」


サムとカーリーの無事を確認して、彼女は地面に飛び降りる。否、飛び降りようとした。空中で黒い掌がヒスイの身体を掬い上げ、強い覇気を向ける。思わず、サイドスワイプが間に割って入ろうとしたがディーノは空いた方の手でそれを制した。


『…泣くな。』
「、だから」
『泣くなら俺の前だけにしろ。』


傷ついた腕が、痛みを忘れる。顔を伏せたかったがディーノの眼から視線を逸らす事が出来なかった。
青い眼には怒りと慈愛が入り混じり、感情がまともにぶつかった。


『傍にいろ、…俺が守る。』


低く小さな声でディーノが囁く。言いにくそうに発せられた言葉は、傷ついた心に染み込んで…ヒスイは彼の指に顔を埋めた。僅かな時間だった。けれど溜め込んでいた声にならない感情が溢れた。


「……私、弱くて…」
『お前に限らず人間なんざ皆弱い。』


結局は生き残ればそれが強さであり、答えになるんだ。
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2013 01 07

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