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21タイムアウト


夢、を見ていた気がする。しっとりした弱い雨の音で段々と意識が浮上する。少し前、誰か来て何か話した気がする。頬に残る微かな感触。頭に浮かんだのは赤い彼。普段は冷ややかな青い目の光が、優しい色をしてこちらを見つめていて。悲しみに満ちた心が少しやわらぐのを感じた。

(……。彼が、こんな所に来る筈がないのにね。)

人間を人一倍嫌う彼。特に弱い者を。そして何より彼は、人間ではない。こんな所に来られる筈はないのだ。ゆっくりと体を起こして、水を飲む。何となく外の廊下が騒がしい。それとなく立ち上がり、ヒスイは戸口へ向かおうとする――と。不意に外側から乱暴にドアが開かれた。


「、ヒスイ隊員…!もう起きあがって大丈夫なんですか?」


入ってきたのは少し前にNESTに配属された若い隊員だった。側にあった上着を羽織ると、彼女は気丈に頷いて開かれたドアを見つめた。



「…外、騒がしいみたいね。」
「そ、…それが。オートボット達が――」


彼の口から漏れた言葉を聞いた瞬間、痛みを忘れた。傷口を押さえて館内を走る。ずっと横たわっていた身体は重く、息があがる。途中、すれ違う隊員達が掛けてくれる気遣いに何とか微笑み返し、彼女は格納庫へ向かった。
未だ破壊の後は生々しくかろうじて機能しているそこ。
息を整えながらタラップから下を見下せば、メアリングとオプティマスが対面しているのが目に飛び込んできた。


「残念ですが、我々の同盟は解消ですオプティマス・プライム。敵が地球を去る条件としてオートボット達の排除を提示、政府が承諾し…」


目の前が暗くなる錯覚。…いなくなる、皆が?そんな馬鹿な事が現実に。オプティマスの少し後ろにディーノの姿を彼女は捉える。
会いたかった姿がすぐそこに。だがそれ以上足は動かず見下ろす事しか出来ないでいた。
行かないで――自身のそんな言葉にどれ程の力もない事は心得ている。しかし少し気を抜けば、泣き出して駆け出しそうな自分がいて彼女は気持ちを必死に殺した。
感情のまま動いても、きっと困らせるだけ。解っている。


『ヒスイ…!』


彼女の気配に気付いたサイドスワイプが声を上げる。
思わずその声に反射的に隠れるよう彼女は座りこんだ。顔が、まともに見れなかった。彼の師の死を間近に、どんな顔をしてサイドスワイプをに会えば良いか彼女はとても解らなかった。
立ち上がったオプティマスが、顔を出してヒスイを見つめる。そっと手を伸ばされ、包むように覆われて彼女は縮こまった身体の緊張を恐る恐る解いた。


『…キミが無事で良かった、ヒスイ。皆、そう思っているよ。』
「オプティマス…」
『どうか自分を責めないでくれ。そして私達を拒まないで欲しい。…もう聞いただろうが、地球での残された時間は少ない。だから、これまで通り側に居てやってくれないか。』


ゆっくりとヒスイの身体を掬い上げて、オプティマスはサイドスワイプの前に彼女を降ろす。
目を伏せたヒスイの前に彼は跪き、躊躇いながら指先で彼女の身体に触れた。


『…師匠の分も、俺が守りたかった。ヒスイの寿命が来るまで、ずっと。オマエは地球に来て、初めての友達だから。』
「…サイド、スワイプ」
『…勝てない時は逃げろ、ヒスイ。俺はオマエに戦士になって欲しくはない。』


溢れる涙。引きつる喉の奥に嗚咽を呑み込むと、不意にそれまで動かなかった赤い腕が彼女を隠した。安堵の中、ヒスイは立っているだけで精いっぱいで彼の指に縋りつく。
見えない針で心を刺されながら、彼女はただ指先に震える感情をこめた。

(永久を祈ったわけじゃないけれど、
私達の別れはまだ来ないと思っていた。)
―――――――――
2012 08 21

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