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※19君の傍に


定期的な機械音で目が醒める。目覚ましなどの類ではなく、とても静かな。恐らく点滴の作動音。エタノールの匂いと固いベッドが病室である事を暗に告げてくるが目蓋は重くて開かない。
息を大きく吸い込むと、胸が軋んでヒスイは少し顔を歪めた。


「…目が覚めたかい?」


耳に届いた声。それに導かれるよう意識がまどろみから浮上する。眩しいのをこらえてヒスイが漸く瞳を開けると明るい緑の髪が見えた。


「ラ、チェット……?」


彼の名を呼べば、ふわりと柔らかい笑みが表情に浮かぶ。額に乗せられた手はとても冷たく、熱に浮かされている事を朧気に感じとった。


「…私」
「安心していい。傷は深くない。全身の打撲と擦り傷で痛みは暫く続くだろうが。一週間もすれば動けるようになるだろう。」


ラチェットの言葉に彼女は耳を傾け頷く。彼との会話の中に彼女が最も気がかりなフレーズは出てこない。

(アイアンハイド…アイアンハイドは?)

目頭が熱い。けれど彼を困らせたくはなくて、ヒスイはただ無心になる事に努めた。
再び瞳を閉じた事で眠ったと判断したのか。ラチェットは静かに病室を出て行く。

――また、守れなかった。あんなに近くに、側で、居たのに。

「今はゆっくり眠るといい、…ヒスイ。」

ラチェットの優しい声も今は彼女の慰めにはならず。ヒスイは悔しさに心を重く軋ませた。


格納庫へ戻る道のりをラチェットはゆっくりと歩いて行く。白衣をゆったりと揺らす細身の姿は本当に人間の軍医にしか見えない。
すれ違う人々は体制の立て直しに慌ただしく、彼が見覚えのある人物であるかどうかなど取るに足りない事のようだった。
ヒスイの傷が軽傷で済んだのを確認出来たまでは良かった。が、か細い呼吸は弱々しく、触れる事すら躊躇われる程で何もしてやれない、何も気のきいた事を言えなかったのが、ひたすらに歯がゆかった。人気のない事を確認して、ラチェットは瓦礫の影でヒューマノイドシステムを解除する。
そうして原型に戻った直後、不意に強い視線を背後から感じた。


『なんだよ、今の』
『!…、戻っていたのか。』


抑揚のない声に、ラチェットはカメラアイをそちらに向ける。周囲の気配は確認したが、生命反応までは見なかった。どうやら瓦礫の影になりボディが隠れていたらしい。
深紅のフェラーリが、静かに変形。彼の前へ歩み寄った。ラチェットは変わらずそこに佇んだまま。沈黙と緊迫した空気が暫し二人の間に漂うが、先にそれを壊したのはディーノだった。


『ニンゲンに化けられるなんてまたとんだ芸当を我が軍医はお持ちだな。』
『……隠しているつもりはなかったが。まだ試作のプログラムでね。』
『ほぅ。ならオレがそれをダウンロードして試しても問題は無いわけか?』


静かな音だったが、聞こえたその内容に思わずラチェットは目を見開く。人間を毛嫌いしているディーノがヒューマノイドの機能を欲するなど考えられない事だった。理由、その必要性の矛先は―――。


『……くれよ。アイツの状態を直に見に行く。』


青い瞳はただ哀を湛えて光っている。ラチェットは黙って自らの身体からコードを伸ばすと、ディーノのそれに結合した。彼女への執着がまさかこれほど大きくなっているとは。プライドの高い年若い青年の逆行にこんな状況でも微笑みたくなる。


『…ディーノ、忠告しておくがこのプログラムはまだ完成…』


話している側から赤い機体が圧縮されて行く。
象られる鮮やかな焔髪を逆立てた青年の姿。ぎらついたブルーアイを一度ラチェットに向けると彼は足早に人間用のドア口に向かった。


『安心しろ、他言はしない。用が済めばデリートしておく。』


足早に去り、気配を辿る。
血と、瓦礫の匂いを掻き分けて進む先は。


ただ、この眼で確かめたくて。
―――――――――
2012 06 25

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