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05可愛くない女


電車に乗りついで、首都ワシントンへ向かう。
リュック一つに必要なものだけ詰めて、彼女は隅の席で一人揺られていた。
配属されていた基地はのどかな場所にあった為、街へ出るのは久しぶりだった。
人々のざわめきに溢れた周りを彼女はぼんやり眺める。笑い合う親子、うとうとと眠る男性。人々の平和な日常の光景に、自然と瞳が細まった。
この小さなありふれた幸せを、守らなくてはならない。
混雑した改札を通り過ぎて、地下から地上への階段を昇る。探すまでもなく、目に飛び込んでくる真っ赤なボディ。一際目立つその傍らには久しく見なかったコルベットとカマロの姿もあって、ヒスイは思わず顔を綻ばせた。


「皆…っ」


人並みを掻き分けて駆け出してくるヒスイ。遠目には変わりない姿に、ディーノは密かに息をついた。
雑音の中、よく知った靴音と姿が近づいてくる。朗らかに笑う彼女に、隣が一気に騒がしくなる。
誰かが声を発するその前に少し乱暴に開いたのはフェラーリのドア。ヒスイはそれに僅かに目を瞬かせたが大人しく乗り込み、フロントにそっと手を伸ばした。


「お帰りなさい、ディーノさん。」
『挨拶なんざどうでもいい。何故オレの通信を勝手に切った。』


有無を言わせずシートベルトを少しきつめに巻き付ける。抵抗はない。彼女はただ静かに謝罪の言葉を口にしてモニター画面を見つめて頭を下げた。
喧嘩をするつもりはない。もとより相手にその気がないのは知っている。そしてディーノはこれ以上彼女に尋問するつもりもなかった。謝ると彼女は意地でも口を割らない。
だからディーノは、悟られぬよう勝手にヒスイの体にスキャンをかけた。


『よぉ、ヒスイ!久しぶりだな!』
「、サイドスワイプ!」


開いた回線に気を取られた彼女は、ディーノの発する僅かな機械音に気づかない。
殆ど状態はクリア。だが、彼女の身体…特に首筋からエネルゴン反応が微弱に出ていた。
カメラアイの精度を上げれば噛みついたような、その痕。

(……殺してやりたい)

殺気立つのを何とか堪えて、ディーノは密かにスキャンを終える。

――留守の間にディセプティコンがちょっかいを出したに違いない。
…サウンドウェーブか、また別の誰かか。

だがヒスイがそれを口にしないのが、彼には理解出来なかった。
助けて――その言葉で縋ればいいのに。彼女はいつもと変わらない様子で談笑していた。

ふつり、半ば八つ当たりで話していた回線を途中で切る。そのままタイヤを回転させ発進すると、ヒスイは驚いたがやはり怒る事なく苦笑を漏らすだけだった。


"オイ、ディーノ!何で回線落としたんだよ"
"そうだそうだ!""一人占め""よくない"
"うるせーな!オレは今静かに走りてェんだよ"


「ディーノさん…心配かけてごめんね。」


ヒスイの声はただ優しい。ディーノは何も応えなかったが、車内のエアコンをつけて縛り付けるようにしていたシートベルトをやんわり緩めた。
カラン、と。ミラーに掛けられた赤い石が太陽の光を反射して揺れ、その中に映るヒスイを見つめると激情が少しやわらいだ。

(…お前はオレの中で大人しく居ればいいんだ。)

窓ガラスに顔を寄せて、隣を走るバンブルビーに手を振る彼女。生きていて、良かった。自覚はないが、この脆く弱い生命体が壊れなかった事に彼は心から安堵していた。
―――――――――
2012 01 12

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