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25君の理由は関係ない


新しい部署に着いて一頻り挨拶を済ませると、彼女は新しいアパートの扉をくぐった。
少しばかり痛んだ床が軽く軋む。数少ないダンボールの蓋を開けて、ヒスイはぼんやり座り込んだ。
潮の香りを纏うディエゴガルシアの土地の匂い……箱にそれが染みついているような気がして、彼女は何の変哲もないそれを上から撫でた。
物思いに耽っていると、ふと、携帯が音を立ててポケットで震える。画面をみると中央に流れる見慣れた文字の羅列。

―Calling…Sideswipe―
……思ったより基地に戻るのは早かったようだ。

彼女は心を落ち着けてから、通話ボタンを押して口を開いた。


「…サイドスワイプ?」
『ヒスイ!』


溌剌とした彼の声を聞くのは何週間ぶりだ。元気そうな様子に酷くホッとする。出迎えられなかったのが心残りだが、致し方ない。こみ上げる寂しさを押し殺して、彼女は努めて優しく友人に語りかけた。


「怪我はない?ごめんね……私、言い出せなくて。その、急だったから…」
『怒ってるぞ、オレ。』


明るく謝罪を遮られて、ヒスイは一瞬言葉に詰まる。すぐに冗談、と笑いながら自らの発言を打ち消したサイドスワイプに彼女はため息混じりに苦笑した。
オートボットの中で同年代らしい彼はすっかり人間の感情の起伏に馴染んで彼女の心に居着いてしまった。気紛れに携帯の掛け方など教えるんじゃなかった、とやんわり掌で瞳を覆う。もう、寂しい。会いたい。
たわいない言葉を交わしつつ、ヒスイは携帯を片手に荷物を器用に片付けていった。


『…あ、じゃあそろそろ切るな。また後でな。』
「ん?ぁ……うん、またね。」


若干、違和感を感じつつも彼女はサイドスワイプの言葉に相槌を打つ。
携帯を机に置いて作業再開。それから黙々と荷物を片付けていると、遠くからクラクションの音が一つ聞こえた。
特に気に留める事もなく、彼女は腰を落ち着けたまま。すると、今度は時間を置いて、更に近い距離から押しっぱなしのような激しい音が辺りに響いた。
流石にこれには驚いて、彼女は窓から外を覗く。


「―――え…」


丸い瞳に飛び込んできたのは、その場に不釣り合いな真っ赤なフェラーリと、銀に輝くコルベット。
それはまるで白昼夢のようで、彼女はただただ呆然とその二台を見下ろした。
軽い興奮と緊張で、頬が薄っすら赤く染まる。誘うように点滅したコルベットのパッシングを皮きりに、彼女は部屋を飛び出した。
髪が乱れるのも構わず、ヒスイは階下へひた走る。
さっきの言葉はこういう意味だったのか。
サプライズのつもりだろうが人が悪い。だが、それ以上に嬉しかった。
息を弾ませて外へ出ると、彼女はもう目前に迫るコルベットにそのままの勢いで飛びついた。――…否、飛びつこうとした。

急に足が空を掻き、視界が回って赤いボンネットの上へヒスイは落ちる。
軽い痛みをこらえて身を起こそうとすると、見えない重圧に体が上から押さえつけられ彼女は息を詰まらせた。


『…お前は相変わらずサイドスワイプしか見えてねェな。』


鼓膜を震わせる酷く不機嫌な低音の声。ジタバタして、何とか透明化した手から逃れようと暴れてみるが効果はなかった。
見えていなかったわけではない。ただ、彼は人間が嫌いだから近づかなかっただけで。


「…ディーノさん!ちょっ…痛い、離して!」
『は、やなこった。嫌なら自分で抜け出せよ。』


再会したばかりであるのに、相変わらず乱暴で意地悪なオートボット。だが彼女は怒りながらも、彼も来てくれた事実が嬉しくてたまらなかった。
自惚れではない…ほぼ間違いなく。口には出さないが、彼が望まず自分からここへ来る筈がないから。
ヒスイは暴れるのを止めて、ぺたりと掌を彼のボディにそっと添える。
ディーノはそれに驚いたよう僅かに体を揺らしたが、彼女を離す事はしなかった。
押さえつけた力は彼女にしか解らないが、優しい加減に変化する。


「…ありがとう、無事に…帰ってきてくれて。お帰りなさい。」


幸せそうに呟いた彼女と、返事をしないがヒスイを捕まえたままのディーノに、サイドスワイプはこみ上げる笑いをかみ殺した。そして赤い彼の機嫌を損ねないよう努めて変わらないトーンで発声回路を二人に開く。


『…ヒスイ。オマエは過去ディセプティコンに狙われてる。一人ってのは、あまりに軽率過ぎるだろ?』
「…ぇ?で、でも…」
『平和ボケしたお嬢さんにゃ、クソ長ェ説明が必要か?』
『ディーノ。汚ない言葉使うなって言ってんだろ。』


身を起こしたヒスイに青い視線が注がれる。
間抜けな顔をした彼女をディーノはくつくつと馬鹿にして笑うと、ひょい、と土の上に下ろしてやった。


『俺も此処に移ってやる。あの格納庫にもいい加減飽きてきた頃だ。』
「―――…え。えぇえ!?」


さらりと爆弾発言をしたディーノの言葉にヒスイは数秒固まった後、素っ頓狂な悲鳴を上げる。
彼はそんな彼女を指で突つき、その衝撃で尻餅をつかせるとぐっとアイセンサーを近づけた。


『勘違いするなよ。別にオマエの為じゃない。だが、外へ出るいい口実を貰った代わりにオマエの命一つくらいは守ってやるっつってんだよ。』

―――――――――
2011 11 28

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