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その顔は誰も知らなかっただろう


※喰種主。


店にはそぐわない人だった。
でも、少しだけ言葉を交わしてから、たまにヒカルの切り盛りする骨董品店に彼は訪れるようになった。
暇な時には珈琲を振る舞う事もあり。しかし彼女自身は紅茶派だった。


「…紅茶好きの喰種なんてやっぱりオマエ変わってるな。」
「そうでしょうか?貴方のように、グラスを熱心に見に来てくれる喰種も珍しいと思いますが。」
「俺は酒が好きなんだ。いい酒はいいグラスで呑みたいと思うのは当然だろ?」
「確かに。」


大守八雲と名乗った強面で筋肉質な喰種はヒカルを見て満足そうに笑った。彼が"ジェイソン"と呼ばれる喰種の中でも特に暴力的な部類の人物である事は知っていたが、特に何をされるでもなかったので彼女はごく普通に接していた。


「…此処はいい。まるで外の世界から切り取られた世界だ。」
「はあ…、それは褒め言葉として受け取っても?」
「勿論。此処へ来ると一時…、俺は俺を忘れる。」


その真意を、彼女はヤクモに尋ねる事は出来なかった。ただ、その表情は少し哀を帯びて見えた気がしたが。


「ねェ、ニコ。女はやっぱり皆、花が好き?」
「…!ヤ、ヤモリ!?どうしちゃったのよ。あんた、まさか…!」
「いいから答えてよ。」


花瓶を一つ、カウンターに置いた。
ヤクモが持ってくる、彼に似合わない可愛らしい花をヒカルは一番目に留まりやすい場所に生けた。くすぐったい感情。彼が告白らしい言葉を口に出す事はなく、彼女も黙ってそれを受け入れていた。
この小さな空間を、彼が気に入ってくれているならそれでいい。花は枯れるまでに、また新しいものに変わるのがいつしか当たり前のようになっていた。

そんな時間が半年程過ぎた日の事だった。
ヤクモがぱたりと来なくなり、ついに花弁は全て落ちてしまった。何かあったのだろうか。そう考えて、彼女は連絡先すら知らない事実に気付いた。
棲む世界が違うのは解っていたから、聞けなかったのもある。道を外れた行いもたくさんしていただろう。ただ、此処に居たヤクモは外で聞く彼とは違う顔を見せていたから。

――一言くらい、何か残るものを伝えておけば良かったかもしれない。


「おい…」


入ってきた客に顔を上げる。白いスーツにかき上げた金色の髪。一見華奢な外見だが、お世辞にも柄の良さそうな人ではなくて、…けれどヒカルはそれで気付いた。
きっと、この人はヤクモさんと繋がっている。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「う!…いや、えぇと…、あ、アニキのグラスを…だな」
「グラス…ですか。」
「……あ、ああ。ヤモリの兄貴が、前に此処を愛用してたって。だから、」
「畏まりました。宜しければ一緒に見立てましょうか。」
「えっ…い、いいのか?アンタ良い奴だな!だから兄貴も好きだったんだな!!」


内心、驚いた。ヤクモと似た格好だが彼と違って、目の前の青年はとても率直な性格のようだった。それからヤクモとの思い出をたくさん話して、彼は器を一つ買って帰って行った。
唐突な来訪だったが、知らない彼の話が聞けたのは嬉しく思えた。そして、ハッキリした。

ヤクモはもう、来ない。
店の入り口で、夕日に照らされるヒカルを遠くから見つめる影が一つ。

(……素朴で可愛い子。ヤモリったら、ああいうタイプが好みだったの?似合わないったら…)

ニコはため息を漏らして、背を向けた。

ネェ、貴方は最期にあの女の名前を呼んで死んで行ったのかしら?
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2014 10 06

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