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海辺のイベリスを真綿で手折る

※not固定ヒロイン。パウリーの幼なじみ。
W7へ麦わら海賊団が来なかった場合。


街での出会いはごく自然だった。
郊外の弁当屋で働いていたヒスイは、店頭でいる事もあれば、ガレーラカンパニーから大量発注を貰って工場まで届けることも時々あったし、職人が直接店に来ることもあった。無骨な職人達を前に初めはあまり言葉を交わす事も無かったが、ある人物が幼なじみである事からその壁が徐々に崩れ今では何人かと顔馴染み程度にはなりつつあった。


「ヒスイ!俺にも2つくれ!」
「あ、パウリー。お疲れさま。」


マスト職職長のパウリーとは家が近所で、良くも悪くも昔からの知り合いだ。
仕事熱心で腕は立つものの、ギャンブル好きは変わらず。そんな彼も今や職長クラスの腕を持つ船大工。ファンの目が無いことを確認して、彼女は弁当を手渡した。


「?どうかしたか?」
「いや、職長って女性ファンの人多いから。一応、気を付けた方が良いかなって。」
「ふーん?別に仕事で来てるんだし、気にし過ぎじゃねぇか?」
「そうかな。でも、お店でもガレーラの話してる子多いからね。じゃあまた。」


会話もそこそこ。大机に残りの注文を置き、すぐ様ヒスイは台車を押して帰路に着く。
少しだけ、目が、あの人を探す。いつも遠目に見かける、風のような人。しかしそう都合よく彼が近くにいる筈もなく、そのまま彼女はガレーラを後にした。

***

配達から二日後。丁度、昼時のピークが過ぎて、店周りが静けさを取り戻し始めた頃、彼女の前に人影が差した。


「いらっしゃ…………いませ。」


顔を上げて、長い鼻で目が留まる。ぱっちりとした瞳と視線が合い、ヒスイは驚きで俄に固まった。

(か、カクさんだ……!本物!)

内心慌てるが、すぐに営業スマイルでにこやかに笑顔を浮かべる。まさか職長自らここにお昼を買いに来るなんて想像だにしなかった。カクもそれに柔らかく目を細める。人懐っこそうな笑みは密かに憧れていた彼女の心をまたしても騒がせた。


「一昨日のからあげが旨かったから、買いに来たんじゃ。」
「ありがとうございます。お弁当はお一つで宜しいですか?」
「いや。からあげとのり弁を一つずつ。」
「畏まりました。少々、お待ち下さい。」


手際良く準備して、カクに手渡す。金銭のやり取りの際、少しだけ触れた指先は硬く心臓がドキリとした。
それから人気が少ない時間帯にカクは時折、来るようになった。山風だー!とある日、小さな子どもが嬉しそうに声をあげる様に彼は悪戯っぽい笑みを浮かべて唇の前で人差し指を立てた。

会話は世間話程度だったが、ヒスイはとても嬉しかった。
本当に感動したのだ。初めて彼を見た時。ウォーターセブンの澄んだ空を駆けるカクの姿に。


「…カクさん!いらっしゃい!」


彼の目を見て、彼も笑い返してくれるこの一時が幸せだった。
……ガレーラから、この美しくも逞しい水の都から火の手が上がるあの日までは。

***

「………………。」


懐かしい夢を見ていた。潮の匂いに包まれた、あの街の夢を。この不夜島に来てからどれ程の月日が流れただろう。
家が一軒まるまる入るような部屋に大抵は一人。外に出ることも出来るが、必ず見張りが付く為、あまり進んでは申し出なかった。
今日は彼が任務から帰ってくる日だ。憂鬱だった。あの街で、空を掛ける彼を探す時はあんなに胸が高鳴ったのに。この白い世界で、黒服の彼を見つける事は心に暗い影を落とした。


「浮かない顔じゃな。」
「お帰りなさい、カクさん。」
「さん、はもう不要じゃと何回言わせるんじゃ。」


部屋に帰ってくると、カクは黒い帽子を脱ぎ捨て、彼女の元に歩み寄った。頭を撫でて、そのまま抱き締められる。
何故、あの日。私は、この人に攫われたんだろう。その答えは未だに有耶無耶なままで、忘れてしまいたい炎の記憶と共に追求する事なく心の奥底に沈めていた。
ただ、いくら見ないふりをしてももう以前のように彼を輝かしい瞳で見つめる事は出来ない。


「……いつか、このワシを受け入れてくれたらそれで良い。時間は問わん。それだけのものをワシはお主から奪っているからな。」
「私は、あの街で、ずっとカクを見ていたかった。大工職人で、おちゃめで、鳥のように風に乗る貴方に私は憧れていたんです。」


こんなに近くに立っているのに、私の好きだった貴方はもう居ない。昔の夢を見たせいで、感傷的に涙が溢れると、カクは少し驚いてから困ったように優しく彼女の額に口付けた。

彼女の笑顔が、声が、好きだった。恋人関係でない事が分かっていても、パウリーと仲睦まじく話す姿に嫉妬した。
一口、食事を口に入れれば彼女の温かな人柄が身体に染み渡るような気さえして。ウォーターセブンの街を掛ける時、よく彼女の店の上を通り越して港へと飛んだ。
街外れに小さく咲いていた、平凡で可愛らしい彼女。

殺せなくなるほど焦がれるなんて、想定外だった。


「あの数年は……ワシも愉しかった。その分、少し苦しかったがの。」


任務を放棄する選択肢は無い。
だから感情は、必要なかったのに。あの街での生活は少し長過ぎた。欲しいものが出来てしまった。
他愛ない会話で彼女が楽しそうに笑う度、偽りの優しい時間が続けばと思う反面、早く本当の姿を知って欲しかった。
焼け落ちる街で泣いていた彼女を美しいと、漸く手に入ると手を伸ばした自分は酷く歪んでいるとカクは苦笑する。

優しく君を愛せなかったこと、
赦して欲しいとは思わない。

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2022.09.23

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