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レディ、お手をどうぞ03side_K


空を埋め尽くす星くずがとても美しい夜だった。
月明かりの無いボイドタイム。細く淡く注ぐ光に街の泡玉がやんわりと煌めき、シャボンディに幻想的な夜の光景が広がる。

こんなにもこの島自体は美しいのに、…人間は醜い。
全てを明るく照らす昼間より、多くを隠してしまう夜の闇の方が綺麗だなんて。


「…皮肉なものね。」


ヒスイは屋根裏でぼんやり星読みをしながら、小さく呟いた。

コンコン。
不意に硬い石壁を二度、叩く音が鼓膜を震わす。
上体を起こすと、眼下の暗闇にも関わらず鮮明に栄える赤。吹き行く風にマントをたゆたえ、昼間出くわした赤髪の青年がそこにいた。


「…軽率だな。昼間でもそうだが、夜は特にこの街は女に優しくないぜ。」


夜の闇の中、赤を全身に携えて歩く姿は吸血鬼のようでありとてもまともに見えないのに、彼の口から出る言葉は至って平静。女だと分かったからか、口調には昼間と異なりどこか気遣うような色も含まれていて、ヒスイはそうね、と思わず口元を緩めてしまった。


「一応自分の身は守れるつもりよ。」
「…へェ。」


とぷん、と。
彼の手にしていた酒瓶が音を立てる。
土を蹴る音と同時に、彼女の傍へ赤が降り立つ。キッドは初めて出会った時と同様唇に弧を描きギラついた視線でヒスイを射抜いた。


「分かってるな?俺も賊だ。」
「存じてます。キャプテン・キッド。」


ヒスイが彼の名を口にすると、刹那、赤の眼が驚きに揺れる。
初めて見る顔ではないと、最初から思っていた。
新聞の紙面を競うよう賑わせている海賊の一人だと思い起こせば彼の持つ禍々しさも納得出来、ヒスイは落ち着いて彼を見つめる。
反対に落ち着かない様子を見せたのはキッドの方。彼は肩を軽く竦めて彼女の隣に腰を降ろした。


「…俺だけ知られてるのはフェアじゃねェな。」
「あら。自己紹介が必要ですか?」
「生意気な女だ…。ま、キラーが殺り損ねた女なんざ滅多にお目に掛かれるモンじゃねぇから今夜は大目にみてやるよ。」


彼女の軽口を鼻で笑い、そのまま酒を煽るキッド。
ほんのり色づいたキッドの顔はどこか幼く見え酒の席では争わない意向を見せる。
口から放たれる言葉と態度は常にストレート。なのに、不思議と嫌味がなく心にすとんと収まった。
見た目はトラファルガーの方が普通だが、一言言葉を交わす度キッドに彼女の比重はぐらりと傾く。


「ヒスイです。」


短くそう告げ、ヒスイは柔らかく目を細めた。抜ける肌寒い夜風に、肩に掛けていたローブのフードを彼女は自らの頭に乗せる。
すると、それまで特に動きを見せなかったキッドが被ったばかりの布をヒスイからやんわり払いのけた。


「…、キャプテン・キッド?」
「隠すな。」


ヒスイ。漸く名前も聞けた事だ。
熱い瞳がじっと彼女を見つめてくる。
逃がさないとばかりに掴まれた手首が少しだけ痛かった。


「……逃げも隠れもするつもりないけれど?」
「なら俺のモンになるつもりは?」


間髪入れず返されて、ヒスイは驚きに息を呑む。
顔色を変えた彼女に気を良くしたのかキッドは身を乗り出し更に顔を近づけた。


「ちょ、」
「返事はいい。トラファルガーにも誰にも渡すつもりねぇからよ。」


唇が触れて、そのまま口付けは深くなる。
口内に広がる、ワインの残り香。
押さえつける力とは裏腹に彼のキスはとても優しく、戸惑うヒスイを翻弄させた。

微かに震える体は抱き寄せられ、赤いマントの中に包まれる。


「ヒスイ。」


低く名を呼ばれて、体の奥が熱く疼いた。


「断っておくけど私は娼婦じゃないからね。」
「いいぜ。嫌なら好きなだけ抵抗しろ。待つのは性分じゃねェだけだ。」


ふわりと彼女を抱え上げ、キッドは元いた路地に飛び降りる。

残された黒く輝くワインボトル。
満天のスターライトを閉じ込めて、濃厚な赤の液体は、その夜瓶の内で美しく煌めき揺れていた。

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2011 03 06

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