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レディ、お手をどうぞ02


以前立ち寄った島に、気に入りの小さな書店があった。
古びた紙の匂いと店内の優しい雰囲気が好きでログが溜まる間、足繁く通っていた場所だった。ある男が来るまでは。
トラファルガー・ロー。彼が来てしまったが故に、その島でヒスイの落ち着ける数少ない場所の一つは呆気なく奪われてしまったのだ。

痛いくらいに掴まれている肩に、不快さを隠さず顔を背ける。彼女の瞳に宿るのは嫌悪以外の何ものでなく、結果、それはキッドの嘲笑を誘う形になった。


「ハハッ…お前のだと言うわりには随分と嫌われてるみたいだな。」


小馬鹿にした低い笑い。それに傍らのローから不穏な空気が漂ってきたがヒスイは知らぬ振りを決め込んだ。

この状況、どうするのが最もベストな選択か。
ヒスイは幾通りか次の行動を考えた。
赤い視線は変わらず興味津々にヒスイを探るよう見続けている。
ヒスイはその居心地の悪さに一歩後退りかけたが、肩に廻されたままのローの腕はそれを赦さなかった。


「こいつの意思なんざ関係ない。やった後にでも改めさせりゃ良いだけの話だ。」
「ほー、まだ手をつける前か。そりゃあいい。」


何て事をこんな公衆の面前で平気で口にするのか。形の良い唇から吐き出される汚いスラングに彼女は赤くなるより怒りを覚える。キッドもいい加減、遊びで挑発するのは止めて欲しかった。
俄かに野次馬が集まり始める。目の端にちらつく海兵の姿。そろそろ動かないと面倒な事になりそうだ。黙ったまま、彼女は能力を発動させる。ローの腕を押しどけ、彼を時間の歪みに巻き込まないよう突き飛ばした。


「――キラー!」


キッドの怒声に仮面の男、キラーが動く。
タイムシャッフルの能力をフルに使うには周りに人が多すぎて、抜けきれない所を感付かれた。
既に抜かれている刀に、彼女は今度は躊躇わず腰の鞘から白い長剣を引き抜く。

1度だけ刃を叩きつけ、彼女はその反動で身を翻し宙を舞った。彼女の体は立ちはだかるキラーを越えて、間合いを抜けて全力で駆けた。


「――…!?」


確かに今、刃を合わせていた筈。
意識を逸らした覚えはない。
一瞬の、不可思議なその事実にたじろぐキラー。
キッドもその状況に眉を顰めるが、ローだけは雑踏に消えた方向を見つめ声を上げて笑った。


「…クッ!成る程、直接、掴んでいても同じことか。あの女…やはり間違いねェな。」


ローは口元を歪めると、ポケットに片手を突っ込んでゆったりと身を翻す。もうここには用は無い。離れて行くローと入れ替わるよう、キラーがキッドに近づいた。


「…追うか?」
「いや…。もう無駄だ。だが、面白ェ力を使う。トラファルガーにゃ勿体無ェ。」


髪をかき上げ、喉の奥でキッドは笑う。
そのまま彼は赤いマントを翻し、ヒューマンショップの扉へと姿を消した。
駆けるヒスイは息もつかずにひた走る。
揺らめくローブ。乱れた呼吸を整える事もせず、彼女はひたすらに足を動かした。

宿に飛び込み、室内の水道の蛇口を捻る。彼女は頭からそれを被り、ずぶ濡れのまま眼前の鏡をじっと見つめた。能力の発動を終えて緑の目の光が緩やかに消えていく。
一気に来た疲労に彼女はずるずると座り込んだ。

(……嫌な気分、最悪。)

滴る水と一緒に、混じる涙を乱暴に拭う。
玩具のように扱われたのは久しぶりで大した事を言われたわけではないのに、泣けてきた。
ヒスイはその日、もう街に出る気にならずそのままベッドに潜り込むと、夜遅くまで寝入ってしまった。

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2011 03 02

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