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聖騎士と宝石姫


王宮の外れにある資料室で、その人物とサナハーレは初めて出逢った。
目付きが悪く、体格の良い感じはいかにも若年の騎士といった風貌。正直、少し怖いと感じたが相手はサナハーレと目が合うと膝をつき、恭しく頭を垂れた。


「お初にお目にかかります。サナハーレ様。パルス軍騎馬隊のシャプールにございます。」
「…初めまして。シャプール殿。軍の方にはいつも国の為、忠義を尽くして頂き感謝しております。」


別段変わった事を口にしたつもりはなかった。他人と言葉を交わす事は少ないが、王族の品格を損なわぬ言動は学んでいたつもりである。
しかし、その年齢と合わぬ返答に逆にシャプールは切れ長の目を驚きに見開くと、無言で再度顔を伏せた。
彼が貴族の出であった事から、称号を得る以前から、こうして王宮内での親交が稀にあった。強面だが、彼がぽつぽつと話す音は優しく、美しい。
まだ王宮や近くの街以外は見たことのなかった当時のサナハーレにはシャプールが話す外界の世界の内容はあまりに魅力的で新鮮だった。
気が付けば、気を許せる僅かな人間の一人となるほどに。彼の前では『王女』の仮面を時折、外した。


「あの、不躾なのですが…、時にシャプール殿は奥方を急かされたりなさらないのですか?」
「何故です?」
「…私、本当は早くに結婚などしたくないのです。私もまだまだ未熟ですがいずれはパルスを守る貴方のような戦士になりたい。政略や褒美の駒になるかと思うと…今から胸が潰れる思いにございます。」
「先日、姉君が嫁がれて、何か言われたのですか?」
「いいえ。ですが分かっております。次は私。…シャプール殿。私も軍に加わり万騎長を目指します!私も貴殿方と共に…」

「姫、それはなりません。」


言葉半ばで顔をあげる。真剣に見つめる瞳と目が合う。
滅多な事には否定の言葉を口にしないシャプール。
サナハーレが訝しげな顔をすると、シャプールは深くため息をついた。


「貴女は優しく気品ある女性で、しかもパルスの王族です。王女自らが剣や槍を振り回し、戦場を駆けるなどもっての他。我らがいる限り王女に矛は不要です。後々、残る怪我でもされたら一体どうされるおつもりか。」
「私はパルスの為に尽くせるならば、」
「なりません!それ以上、申し上げられるなら私めが恐れながら大王に進言致します。」


意見がここまで分かれたのは知りあって数年経つが初めての事だった。いつも彼女の話を穏やかな顔つきで書物を読みながら聞いていた彼の変貌にサナハーレは愕然とする。
シャプールは無礼をお許し下さい、と謝罪したが引く様子は見せず、彼女の意識はぐらぐらしてよく理解出来なかった。怒りを露にするほど子供ではない。しかし、素直に頷けるほどサナハーレは大人でもなかった。

何故。パルスを共に愛する貴方なら分かってくれると思ったのに。
涙が溢れる前に、彼女は静かに席を発った。


「……過ぎた事を口にしました。どうか、お忘れ下さい。」


静止の声には振り向けなかった。
大好きだった声が今は酷く悲しくて。

以来、その資料室にサナハーレは自ら赴かず、用がある時は侍女に書物を借りてくるのを頼むようになった。学術や読書をたしなむより、鍛錬に励んだ。
王に剣を取り戦場へ出る事を願い出る時期には細心の注意を払った。世継ぎである王太子がある程度成長し、出陣時期が囁かれるようになった頃。アンドラゴラス王は、武芸に長けた彼女が武器を握る事を止めなかった。

王には世継ぎのアルスラーンがいる。
愛する王妃タハミーネがいる。
国に必要なものはそれで足りていると、彼女は一人、理解した気になっていた。

(…これで良い。私の命がパルスの為にあるのは生まれ落ちた時からの運命。どう生きたとて、それは変わらぬ。)

クバートの隊を進んで願ったのは、彼が平民出というのも確かに理由の一つだったが、シャプールが滅多な事には彼と共に出陣、共闘しない事もあった。
城を降り、戦場に出る事を知れば彼は止めに来るかもしれない。
もう、あんな思いはごめんだ。
あの日から、彼女は慕う人に拒絶された悲しみにきつく蓋をしたのだった。

彼女は知らなかった。
時折、王宮の司書にシャプールが王女の様子を訊ねていたことを。遠くから慈しむ温かな存在を。


「時に、サナハーレ様は息災に過ごされているだろうか。」


王女にその騎士の秘めた愛情は、届かない。

初めて見た王女は、幼かったが聡明で思い遣りのある子供だった。真面目で、勉強熱心で。普段は毅然とした振舞いであるのに、たまに無垢に笑う金の瞳は青年を虜にするには十分だった。
戦場から戻り、二人静かに語る時間は幸せだった。

出来る事なら、もっとその成長を傍で見守りたかったが。シャプールは口下手な己を呪った。

あの日、彼女を傷付けずに思い止める言葉はきっとあった筈なのに。

(サナハーレ様…)

姫、何よりも大切な我が姫君よ。
御身が健やかで幸多からぬ人生であらん事を。

私はパルスの敵を倒す事で、願いましょう。
――――――――――――
2015 11 07

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