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流浪楽士と宝石姫3


※原作小説ネタバレ注意!
『魔の山』辺り。2の続きとしても読可。


決して道の状態の良いとは言えないデマヴァント山の山道の角で、その日、彼らは皮肉にも鉢合わせをする運命となった。
馬蹄の跡をつけ追い掛けていた筈の一行が道を見失い引き返してきたとは露知らず。気配に敏いサナハーレやギーヴもデマヴァントが放つ異質な気配に気付けなかった。

まさか山深く入り込もうとしているのがヒルメス達とは――。

銀仮面の奥でぎらつく眼が、二人をとらえる。双方が武器を抜いたのはほぼ同時だった。


「…たった二人で我らを探りにくるとは。アンドラゴラスの小倅の命か。あくまで俺に敵対する所存か。」
「味方でない者は敵、と、すぐに決めつける。王者としてはいささか襟度に欠けるのではございませんかな、殿下。」


正論であるが、嫌みを含めたその言葉にヒルメスは怒気を立ち上がらせた。ギーヴは敵に悟られぬよう、彼女に目配せする。
サナハーレはそれに目を瞬かせると、黙ってヒルメスらの方を静かに見据えた。


「――へぼ楽士は構わぬが、女は殺すな。必ず、生かして捕らえるのだ。」


ヒルメスの剣をギーヴは紙一重で交わす。その身のこなしは楽士と称するには些か勿体ないものでパルスの騎士だと告げても何ら遜色のないものだった。
彼の言葉巧みに人の心を揺さぶる技も、第三者として見れば目を見張る。
ヒルメスの直情的な性質を逆撫でし、僅に彼の剣捌きの定めを鈍らせた。

その隙をギーヴは見逃さなかった。
馬の足を高くかかげ、突進に見せ掛け崖に向かって直進する。サナハーレも遅れを取らぬよう、それに続いて飛んでくる弓矢を交わしながら馬に鞭を打った。


「流石は白蛇と名高い姫君!息も合い、我ら二人なかなかの豪胆な逃避行にございますな!」
「いつまで軽口を。舌を噛まれますよ、ギーヴ殿。」


谷間へ続く急な斜面は馬が足を滑らせれば命はない。それでも二人は臆する事なく、最後の数歩は宙をかき無事に川へと飛び込んだ。
たまらず口元に巻いていた絹を解く。流れに身を委ねながら、サナハーレは死角になり黙視できなくなったヒルメスらの方向を見上げた。


「…さて。まさか殿下の従兄殿とこのような場所で再会するとは。」
「――目的の場所は一つしかないでしょう。…陵墓への道は存じております。先回りして彼らの行く手を絶ちましょう。」
「やれやれ。姫君も存外、隠し事が多い。」
「ギーヴ殿ほどではないと思いますよ。」


何とも言えない苦笑を浮かべて彼女は口に入った水を吐き出す。岸辺に着いて、滴る水を絞り、ようやく一つ息をついた。
あの様子ではヒルメス達はカイ・ホスローに関する確たる史実を目にした事はないのだろう。一先ずはと岩影ですぐに火を起こす。日が落ちる前に衣服の水気を切り、馬を駆れるようにしなければならない。
勢いよく軽装を脱いだ所でギーヴと目が合う。キラキラとした眼差しでじっと見つめられ彼女は微妙な表情で剣の柄を握りしめた。


「いやいや。姫君、これは不可抗力というもので。」
「先に衣服を乾かされるなら譲りますが、肌を見るおつもりならば容赦は致しませぬ。」
「滅相もない!私は後で構いませぬよ。」


赤紫の髪をかきあげてギーヴはにこにことそう述べた。そのまま離れて行こうとした彼をサナハーレは慌てて引き止める。


「ちょっと!火には当たっていて下さい。…貴方だって寒いでしょう。」
「やれやれ…私を生殺しにするおつもりか。」
「、そういう事は状況を弁えてからにして下さい!」
「ほう、では状況が緊急を要するときでなければ姫君は私と愛を交わして下さると?」
「…軍に戻ればファランギース殿がおられますよ。」


他意のない、言葉のつもりだった。ギーヴはファランギースを好いているとサナハーレは疑わなかったし、事実、共に旅をしている時は四六時中口説いていた。

だから彼が真剣な目で振り返った事に動揺した。
端整な顔が笑っていない時ほど怖いものはない。まだ半乾きにもならない布で胸を隠す。ギーヴは黙って小さくなる彼女に屈んで身を寄せると、髪をひとすくいして口づけた。


「美しいものを愛でるのはまた異なる愛。貴女にお許しいただけるなら、私は貴女の心が愛しい。城塞を出る私を追い掛けてきて下さった時の気持ちは分かりますまい。」
「…」
「金色の眼の尊い君。貴女はずるい。例え裸でも私は姫君に触れる事は出来ないのだから。」


背中を向けて、ギーヴは小さく歌い始める。サナハーレは赤い顔でその詩をぼんやり聞いていた。掴み所のない彼がたまにする真面目な顔は心臓に悪い。

(……私がずるい?それならあなただって十分、ずるい人だ。)

その美しい容姿で女達を虜にし、美しい女性に愛を囁くのだから。少し痛む心を押し込めて、彼女は黙って火に当たりながらギーヴの背中を見つめていた。
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2016 01 18

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