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流浪楽士と宝石姫1


※王都奪還後。幕間。
ギーヴも暫く王宮に留まっている設定。


王宮で腰を据えて庶務にあたる日々が一月ほど続いていたある日。サナハーレは自室を離れ一人、城の隅にある部屋に足を運んだ。手にしていたのは長らく使っていなかった少し傷のある竪琴。思い付いたように彼女はそれを持ち出して気紛れに弦を弾き奏で始めた。
楽士であるギーヴほど巧くはないが、その音色は柔らかく部屋に響いて消えていく。精霊達が窓から踊るように出入りを繰り返すのを見つめる。歌いながら一人奏でる音は軽やかであるが少し物悲しい思いを乗せて。やがて彼女が気配に気付いて手を止めると開いた窓から身軽に人影が滑り込んだ。


「――失礼。気付いてしまいましたか。」
「…何かご用ですか?ギーヴ殿。」
「いや、お邪魔するつもりはなかったんですがね。通りすがりに美しい歌が聴こえてきたもので…。姫様が楽も嗜まれていたとは知り得ませんでしたよ。」
「貴方と出会った頃はとてもそんな気分にはなれなくて。…そうですね、そう言われてみるとギーヴ殿には楽を聞かせていただくばかりでした。」


そう考えると気持ちに余裕が生まれたということか。彼女が納得したように一人頷くと、ギーヴは柔らかい苦笑を漏らした。彼は彼女の隣に座ると、少しだけ沈黙した後、王女の竪琴を手に取り奏で始める。やはり楽士。その指先は肌に身に付ける絹のように滑らかで聞く者の耳を潤わせた。

目を閉じて、その音楽に彼女は聞き入る。
ギーヴの音楽は自然と心に染み込んでくる。労るような音色は先程まで思い出していた悲しい思い出を包むように。精霊達の気配がまた変わる。流れ込んでくる感情に彼女が少し微笑むと、途中で音色が静かに止んだ。


「…貴女はどこまでお分かりなのだか。」


目を開けると、ギーヴの顔が思ったよりも近くにあり彼女は驚いて身を引こうとした。しかし、彼の手はそれより早く、先に肩を抱き寄せられる。交わった熱い視線に体が強張る。普段は挨拶がわりのように愛の詞を囁くから彼女も笑って返しているが、たまに見るこうした真剣な表情をする彼にはどうして良いか分からなかった。


「誰の事をお考えでいらしたのですか?」
「…ギーヴ殿、あの、」
「貴女の音は優しい反面、悲しげだ。…思えばいつもそうでしたな。戦場ではいつも気丈でいらっしゃるのに、貴女は平素の際、時折、一人で涙しておられた。」
「…」
「弱さを見せるのは悪いことではございませぬ。特にこのギーヴには、ね。」


伝わる体温に心臓はいまだ落ち着かない。しかしサナハーレは彼の肩に頭を預けると、ゆるゆると体の力を抜いた。それは彼が男という以上に、仲間だという思いが勝ったからだ。
彼のおどけた口調にも安堵した。


「…いつか、この城で出会った、ある人の事を思い出しておりました。あの時、あの人の目はまだ憎しみに駆られてはおらず綺麗だったと…。」
「それはヒルメス王子の事で?」
「――貴方ははっきり問うのですね。」


あの王子は今、何処で何をしているだろうか。

アルスラーンが王都を取り戻した今、彼はついていたルシタニアからも離れまた闇に消えてしまった。王都を敵国に蹂躙させた事は許し得ぬ大罪であるが、王族を蝕む陰謀に巻き込まれた彼もまた国家の犠牲者だ。

アルスラーンはあの日、城を燃やした黒い焔を知らない。
火傷に刻まれた憎しみは、一生、彼を解放する事はないのだろう。


「私はアルスラーンの姉であり、パルスの騎士です。彼が倒すべき宿敵である事も理解しています。しかし、せめて覚えていたい。あの従兄殿にもお優しい心はあったのだと。たまには、出会った頃のあの人を思っていたいのです。」


ギーヴはため息をつくと、サナハーレを抱く腕に力を込めた。表立っては出さないがアルスラーン同様、彼女もあまりに甘過ぎる。その情の深さを全て、自分がかき集めてしまえればどれほど幸せなことかと思うが。彼女の愛と悲しみは知り得る者達に等しく注がれ。思い出せばカーラーンの追走を破った時もそうだった。


「…では私がもし居らぬようになったら。姫は私の事を今のように思い出して下さいますかな?」
「その手の冗談は嫌いです。」


彼女がギーヴの服を掴むと、彼は声をたてて笑った。この美貌で虜に出来れば容易いものをと思う。しかし金の瞳を持つこの王女は凛々しい顔で真っ直ぐに見つめ返してきた。
だがギーヴはそれでこそと嬉しかった。真剣に心配してくれる彼女が、彼は口に出さなかったが愛しかった。

貴女が私の音色を理解するのはいつの日か。

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2016 01 03

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