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聖騎士と宝石姫2


※シャプール生存ルート。王都奪還前。
療養中のシャプールを見舞う閑話。


王都エクバターナよりずっと東方に位置するペシャワールでシャプールは静養の日々を送っていた。幼い頃より彼は戦士であり、国を守る騎士であり、こうして体を長らく休める事は今までなかった。何とか上体は自分でも起こせるようになったが歯痒い時間はいまだ終わる気配を見せない。
窓の向こうの空を見上げる。無意識に緯度を計算する。太陽の位置は彼にとっては景色ではなく時間と配置を確認する為のもので、何の思惑なく見つめるものではない。彼は小さく息をついた。


「シャプール様、イスファーン様の遣いだと仰る方がお見えですが。」
「イスファーンの?…通してくれ。」


寝台の背に身を預けたまま、シャプールは扉の向こうから聴こえた侍女の声に答えた。爽やかな風が開け放たれた窓から入る。近づいてくる靴音は小さく、小柄な人間なのだなとシャプールはぼんやりと現れる人物を待っていた。


「良かった。今日は顔色が随分とよろしゅうございますね。」
「!」


静かな音色と共に入ってきた人物にシャプールは思わず眼を見開く。重なる視線。優しげに笑う瞳は美しく金に輝いていた。


「サナハーレ様…!」
「しっ、お静かに。密路から城内に入ってきたのです。王都へ赴く前に一度、お顔を見ておきたくて。どうぞ、気にせずそのままでいて下さい。」


顔を隠していた布を外して、窓際の小椅子に掛ける。黒髪がさらさらと音をたてる様をシャプールは息を忘れる程に集中して見つめていた。
未だに信じられない。この穏やかな姫が、自ら剣を振るい、あのクバードの隊で名を上げていた白蛇などと。しかし、あのアトロパテネで目の当たりにしてしまった。王女は既に騎士であり、あの戦場を切り抜ける力を手にしていた。
アトロパテネでルシタニア兵に殺されかけていた自分を抱き締めた時、小さな体は怒りと悲しみに震えていた。霧の中で、彼女は聞き取れない言葉を唱え周りの敵兵を触れることなく切り裂いていく。

(……シャプール殿。どうか目を閉じていて、シャプール殿…、こんな私を、貴方には知られたくなかった。私は魔道を使う化け物なのです。)

(何を…仰るのか…。貴女がいなくては私は死んでいた…。姫よ、貴女をもし化け物などと罵る輩がいるなら私が切り捨ててやりましょうぞ。)

彼にとって姫の使う奇妙な力など取るに足らない事だった。自らの血で汚れた姫をただただ申し訳なく思った。何年ぶりかに口を利いたかと思えばこんな死に体とは。しかしシャプールは複雑な思いながらも嬉しかった。少しでも身体に力が入れば抱き締め返したいと思った。ダリューンらが合流しなければ生き延びれはしなかっただろうが、サナハーレへのひた隠しにしてきた想いが彼の中で堰を溢れだしこのまま息絶えたとしても二人きりでいたいと願うほどに。

この方を守りたい。死なせてはいけない。
そして、止まった時間を取り戻さなくては。と。
救われた当時は叶わなかったが、少し押し黙った後、シャプールは静かに口を開いた。


「――姫、私は貴女様を愛しております。」
「…え、」

「唐突に申し訳ございませぬ。何を求めるわけではございません。ただ…伝えなければとアトロパテネより先ずっと考えておりました。…武人である私にとって、貴女と王宮で過ごした時間はかけがえのないものでした。言葉を選び損ない、貴女に会えなくなってからも、私がパルスを守り貴女が平穏な場所にいるならそれで構わないと思っていた。結局、貴女に救われ逆になってしまったわけですが…」


サナハーレは驚いた顔のまま固まって彼の言葉を聴いていた。こと、他人の心の変化については敏感な彼女だが、シャプールの事は自ら避けていた為に全く知り得なかった。遠くからただ、姿を確認するだけ。それだけで良かった。万騎長までのぼりつめた姿を見る度、自分の事ではないが誇らしい気持ちになった。

真っ直ぐに生きている彼がパルスにいるだけで。
それだけで。


「……愛想を…尽かされたと、思っていました。」
「まさか…!」
「私はあの頃無知な子供でしたから…。ふふ、今でも貴方にとってはそう変わらないかもしれませんが。貴方は昔から素晴らしいパルス王の廷臣だった。シャプール殿、貴方は幼い私の憧れで英雄だったのです。」


少し落ち着いてから、微笑んで、サナハーレはシャプールを見つめる。 頼りなく揺れていた目がとても力強くなったのをシャプールは嬉しく思うと同時に、長らくこの王女と共に時を過ごしてきたクバードに苦々しい思いを抱く。
あの男は昔から型に囚われず、好きに生きているにも関わらず、その武勲だけで万騎長にまでのしあがり部下にも恵まれていた。
その上、知らぬ間に想いを寄せていた王女まで手中に納めていたとは。シャプールが表情を曇らせると、サナハーレは不思議そうに首を傾げた。


「…シャプール殿?」
「殿下の動向は詳しくはないが聞き及んでおります。これから王都へ向かわれるならば、貴女様もまた剣を握るおつもりでしょう。」
「はい。私は今、アルスラーン殿下の騎士ですから。」
「では姫。恐れながら手を取らせては貰えませんか?」


引き留める事は出来ない。口先だけでは意味がない。戦って彼女を守れる力を、今、自分は持たないのだから。シャプールは内に渦巻く葛藤を抑えて、傍に伸びて来たサナハーレの手をそっと包んだ。
甲に唇を寄せる。少しだけ固くなった筋肉にシャプールは僅かながら唇を緩ませた。


「貴女様にミスラ神の加護を。無事を祈ります。王への忠誠は揺るぎませぬが、私の心は姫のお命をいつも一番に考えております。」
「……ありがとう、シャプール殿。必ず生きてまたエクバターナで会いましょう。私達の出会ったあの都で。」


シャプールの前に影が射し、そっと黒髪に柔らかなものが触れる。サナハーレの顔が薄く赤く染まるのを見て、シャプールは咄嗟に顔を伏せた。
胸が騒ぐ。たった今、決めた見送るという決断が鈍りそうになり、彼は拳を握りしめた。


「行って参ります。ご養生下さい。」


再び顔を隠して去っていくサナハーレを、シャプールは扉が締まりその足音が消えるまでじっと感じていた。
彼の目には映らなかったが部屋には緩やかな風が舞い、彼女の残した精霊が守るようシャプールの周りを舞っていた。

良かった。
とても緊張したけれどきちんと言葉を交わせた。
はあ、とサナハーレは息をつく。
ずっと心の片隅にあった淀みがひとつ消え胸が少しだが軽くなる。
しかし内心、彼女は動揺を隠しきれずにいた。
努めて平静を装いをしたが。理解が追い付かない。

(え、と。愛してる……って、言った、のよね。)

サナハーレは歩きながらいまだ熱の下がらない頬を軽く押さえた。
――――――――――――
2016 09 16

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