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元婚約者と宝石姫


※王都奪還後→平和モード。
捏造多々でラジェンドラとうだうだ。


外交任に付くのは本来、諸侯らの役目であり一国の第二王女がわざわざ成す責務ではなかった。サナハーレは王都奪還後、即位したアルスラーンの補佐として忙しい日々を送っていた。
パルスの拠点をルシタニアから取り戻したとはいえ、踏みにじられた街の再興はそう容易いものではない。
イアルダボートの狂信者達によって焼かれた歴史的書物の復元、国内の流通に関する地図の再構築。
サナハーレも文官らと共に室内にこもり、膨大な情報の整理に追われていた。

あっという間に一年が過ぎた頃、シンドゥラからアルスラーンに文が届いた。パルスと同じく混乱の続いていたシンドゥラ国だが、ラジェンドラ2世が即位して以来、国内の平定が進み、一度国境近くの城で労いの宴を開くので是非とも来られたし、という内容だった。


「…姉上、」
「行きませんよ、陛下。私は酒が飲めませぬ。どうぞ、ファランギース殿に同行をご依頼なさいませ。」
「そうしたいのは山々であるが私は今、エクバターナを離れるわけにはいかない。ファランギースを供に姉上が出席していただけないだろうか。シンドゥラ国と合わせてラジェンドラ殿の様子も少し見てきて頂きたい。…駄目だろうか。」
「…」


アルスラーンの命令ではない、所謂"願い"に彼女は弱い。最後に会ってもう一年。シンドゥラ国の話も見聞きしておきたいところではある。たとえ利己主義的なラジェンドラの言葉でも得られる情報はあるだろう。
ううう、と弱々しいうめき声を上げてサナハーレは悩み抜いた後、ちらりとアルスラーンを横目で見やる。微笑みを浮かべ眉尻を下げる純粋な弟の姿に、話を蹴ることはどうやら出来そうにない自分を自覚して、やむなく彼女は承諾の返事をしたのだった。


「申し訳ない…ファランギース殿。わざわざ神殿より呼び戻した内容がかくもあらぬとは。」
「姫様がお困りであるならばいつでもお助け致しまする。あまりお気になさりませぬよう。」


ファランギースは頭を垂れると、その整いすぎた顔に笑みを浮かべた。ラジェンドラ王もこの美貌にこそ求婚すべきだと彼女は思う。ファランギースを見て、考えが改まればよし。王族としての責務を果たすことが出来ればサナハーレにとって他の事は不要だった。

東方国境を越えてグジャラート要塞前に辿り着いた時、此方に手を振る姿を見て彼女は馬を走らせる速度を緩めた。
愛嬌のある笑顔は相変わらず。サナハーレが馬から降りて礼をすると、彼は満足そうな笑みを浮かべたまま、軽く胸に手を当てた。


「遠路遥々、よくぞ参られた。久しいな、サナハーレ殿。貴女とファランギース殿が来て下さるとは。アルスラーン殿は誠に気の利く御仁であらせられる。」
「此度はお招き頂きましてありがとうございます。ラジェンドラ陛下。私などではアルスラーン王の代わりにはなり得ませぬが、」
「いやいや、よもや姫が来て下さるとはまたとない機会。どうだ?このまま我が国の首都ウライユールまで足を伸ばしてみては。以前にも増して豊かな街並みをご覧頂ける事と思うぞ。」
「…勿体ないお言葉にございます。しかし、パルス国内もまだ様々な問題が山積しております。此度はファランギースと共に此方で陛下にお会い出来ましただけで大変光栄に存じます。」


アルスラーンからの書状をラジェンドラに手渡し、サナハーレは付け入る隙のない礼を尽くした。ウライユールまで足を運ぶなど冗談ではない。遊びに来ているのではないのだし、第一、帰れなくなりそうで怖かった。やんわりと断った彼女にラジェンドラはそれ以上食い下がる事はなく、王女と彼女に付く兵達を快く城塞内へ招き入れた。

正装に着替えて、ラジェンドラ王の隣に座る。爛々とした目で見つめられ、彼の前から消えてしまいたい思いだったが、努めて笑みを繕った。


「はっはっは!顔がひきつっておるぞ、サナハーレ殿。そう堅苦しくなる必要はない。申したであろう?この宴はパルスを労う為のもの。存分にゆるりと楽しまれよ。」
「は。ありがとうございます…」
「いや、しかし、美しい。白絹の騎士姿も悪くないが、女人としておられる姫はまこと金の宝石よ。では皆の者、本日は我が友アルスラーンの即位を祝って!」


酒の注がれた杯が持ち上げられ、ラジェンドラが音頭を取る。彼女は口をつける振りをして、せめて食事はとスプーンを手にした。
サナハーレがシンドゥラを苦手とする第一因は当然ラジェンドラだが、この国の辛すぎる料理も口に合わなかった。国内では食べない肉の部位が用いられていたり、色々と勝手が異なる。
平然と箸をすすめているファランギースに感心しながら、サナハーレも何とか口に押し込んだ。
情勢の話を交わしながらも、ラジェンドラは城下町に気に入りの酒場があるのだとか、象で遠乗りをしただとか、楽しげな遊びの事も上機嫌で話していた。唯一、この国王の飾らない部分は好感が持てた。街に躊躇なく降りていき、民と言葉を交わす。これまで自国にはいない王をサナハーレは羨ましく感じていた。
こればかりは人柄が左右するもの。アルスラーンが真似る必要もないが、国内からは絶大な支持を持つラジェンドラ王を見ると思うところがあるのは違いなかった。

折を見て用意された客間に下がり、サナハーレは宮女に薬を一つ依頼した。やはり、食事が辛すぎたせいで、気分が悪く眠れそうになかった為だ。
窓を開けて、風を取り込む。平服に着替え、化粧も落として少しは寛げたが早く帰りたいのは山々だった。


「……アルスラーン…」
「やれやれ。サナハーレ殿はこんな時でもアルスラーン殿が気掛かりか。」


ソファに寄りかかりぐったりしていた身体を起こす。驚いて振り返ると、ラジェンドラが水筒と薬袋を持って扉口から歩み寄って来ていた。
宮女には内密にと頼んだが、伝えるよう言い付かっていたのだろう。彼女は何とも言えない顔でラジェンドラを静かに見上げた。


「…全く。食せぬものがあるなら、無理に口にする必要などないものを。」
「国賓で招かれているのです。そういうわけには参りません。 」
「まあ俺としてはお主が体調を崩してシンドゥラに長く留まるならば願ったりなのだがな。」


彼女がそれに渋い顔をすると、冗談だ、と彼は笑った。薬を飲んでサナハーレは再び蹲るように丸くなる。


「……もう大丈夫です。ありがとうございます。後は一人で居させて下さい。」
「気にするな。お主が吐いたとて俺は気にせぬ。俺は庶民的な良き王であるからな。朝食の粥とて作ってやれるぞ。」
「…それはお優しいことで…」
「どうだ?少しは夫にしたくなったであろう?」


力なくだが、サナハーレはラジェンドラの軽口に笑った。奴隷身分の母と王族の父を持つ彼も、アルスラーンのように街で暮らしていた経験があると聞いている。この性格の裏にはそれなりの所以があるのかもしれないと、ぼんやりと彼女は重たくなる頭でそんな事を思った。


「…眠るが良い。俺は今、人間らしいサナハーレ殿が見られて嬉しいのだ。人目がある前ではお主は美しい仮面を被ろうとするばかりであるからな。」


頭に置かれた手はあまりに優しく。
サナハーレはそれを振り解けぬまま、眠りに引き込まれていった。
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2015 12 12

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