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自由民と宝石姫2


※王都奪還→平和モード。捏造色強め。
夢主は諸国を一人旅中。


雪の降るエクバターナに戻ってきたのは実に二年ぶりの事だった。パルス国領内に入った時から懐かしい空気に心を踊らせていたが、宮殿が見えてくると喜びもまた一層高まるというもの。
乗り合わせた馬車引きに代金を支払うと、城のかなり手前でサナハーレは降りた。
旅装束の彼女は砂に汚れていて、とても一国の王女には見えない。しかし、そんな事は気にならなかった。久しく見るパルスの首都に彼女は気を取られていた。下町は留守の間にかなりの建物が作り直されていた。かつてはよく目にした奴隷小屋がない。
サナハーレは歩きながら街人の顔を観察していた。

その町の光景はいつか訪れた平和な異国の地に似ていて。


「――…どこかで見た顔が歩いてると思えば。漸くご帰還かい?お姫さん。」
「…ぅ、わ!」


頭から外套を被せられ、手早く包られる。
暖かい。後ろから抱き寄せられ自分が酷く冷えていた事に彼女は気づいた。顔を出して見上げると、酒の香りを漂わせる元上官が変わらぬ姿で立っていた。
昔なら飛び付いて喜ぶ所だが、離れていた時間と気恥ずかしさが邪魔をした。


「お…お久し振りです、クバード殿。」


砂を払い、顔を隠していた布を外す。同じ隊にいた頃は共にいる事が当たり前で、ただ彼に憧れを寄せていたがその思いは年月と共に少しずつ形を変えた。
二人を取り巻く環境も変化した。彼女の弟、王太子アルスラーンが出た初陣ではアトロパテネで敗退し、ペシャワールで再会するまで長いこと互いに生死すら分からぬ時間を過ごした。
再会した時、サナハーレは飛び上がって喜んだ。彼に子供扱いされるのはあまり好きではなかったがそれでも素直に嬉しかった。
10以上離れたその人が好きだと自覚し始めたのはその頃からだが、思いを口にする事はしなかった。
酒と女と、何より自由を愛する彼を縛る事は彼女の望むところではなかったからだ。


「なんだよ、久しく会ったってのに昔みたく来ないのか?」
「…私も大人になりましたからね。クバード殿は相変わらずのご様子で安心しました。」
「ほぉ?砂だらけのお子様がよく言ったものよ。まあ良い、城へ向かう前に少し付き合っていけ。」


肩を抱かれ、拒否する間も与えられず連れていかれる。不可抗力で顔が赤くなる。冬の、寒空のせいにしてクバードにそっと寄り添うと彼は何も言わなかったが労うように彼女の背中を軽く撫でた。

酒は飲めない質なので、サナハーレは食事を取りながらクバードに旅の道中についての出来事を語った。麦酒を片手に彼はその話に機嫌良く耳を傾ける。
エクバターナでまた出会えた嬉しさに彼女は時間を暫し忘れた。会う約束もしていなかったのに、運命に感謝した。気がつけば酒は飲んでいないのにうとうとと眠気がさしてしてしまう程、安堵と幸福感で胸は満たされていた。


「…クバード殿。私、今、幸せなのです。貴方に会えて、幸せです。」
「そうか。俺もお主の事は気に入っておるぞ。」
「…嬉しいな…。こうしてまたお会い出来る日があると良いですね。」


日が落ちてもう随分経つ。そろそろ頃合い、と彼女が財布を取り出した時だった。大きな手に遮られ、クバードに先に支払いを済まされると彼女は来た時同様少し強引に連れ出される。外界の冷気に夢見心地から再び意識が戻ってくる。
隣を見上げるとクバードはにわかに真剣な目をしていて、本能的に彼女は怯んだ。
足を止めようとする。


「…クバード殿。宮殿には明日向かうので今日は何処か近くで宿を探します。」
「その必要はない。まだ話が済んでおらぬからな。」
「え、」

「この俺が、何も感じずこの二年いたと思うか?地位を返上し、勝手に国を出て、また舞い戻ってくるとは。全く俺以上にお主は身勝手な女よ。」


少し怒気を含んだ声に首を傾げる。戦場以外でクバードの真意を理解しようと考えたことはなかった。彼は他人に心のうちを見せる人物ではなかったからだ。いつも何処へ行くにも何をするにも彼は掴めない人だった。


「今日出会ったのがたまたまなどと思うておるようならば鈍すぎる。お主は阿呆だな。」
「…!し、失礼な!そんな、だって、クバード殿が、まさか」
「もう良い、喋るな。」


確かに城に戻る日取りの文は送っていた。しかし、それで彼が動いているなど想定しろという方が無理な話だった。恋人でもない、元上官を。しかし、宿について抱き締められれば全てが崩れた。
今まで一度も、こんなに強くこの人に抱き締められた事はない。身を強ばらせて逃れようともがくが、クバードは腕の力を緩めなかった。


「国を出るなら今度は俺も連れていけ。お主のおらぬパルスは酷くつまらぬ事がよく分かった。」
「……クバード、殿…」
「俺を好いておるのは知っていた。立場上、口に出さぬ事も分かっていた。しかし、まさか国を出るのは予想外であったわ。目の届く範囲でなら他の男と一緒になろうが全て見届けるつもりではいたのだがな。」
「…」
「もう王女でなく子供でもないなら好都合というもの。このクバードが遠慮なくお主を貰い受けよう。」
「…私はそんな事、頼んでおりませぬが!」


目から涙が溢れる。素直に受け止められない愛を歯痒く感じる。クバードの胸で泣きながらサナハーレはそれでも笑顔がこぼれた事が悔しかった。まだ、自分を翻弄し続けるこの人を私はまだ愛していたのかと。


「王の承諾は既に得ておる。後はお主次第だ、サナハーレ。」
「――こんな時だけ名前で呼ぶなんて…」
「今宵は我が妻を何としても口説き落とさねばならぬからな。悠長に構えては流石におれぬ。」


そろそろと彼女が見上げたクバードは、隻眼を細め不敵に笑う。そして彼女の額の髪をかきあげると、身を屈めそっと唇を寄せた。

――貴方は優しい。
口では俺のものだと言いなが
私が赦さなければ決して唇へはしないのだから。

(…砂利がついた。お主、先ずは湯浴びだな。)
(〜…だから、貴方はまたそういう雰囲気台無しな事を!)

―――――――――――
2015 12 22

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