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自由民と宝石姫1


※原作小説ネタバレ注意!
パルス歴321年5月末、
西方遠征〜ペシャワール城塞にて。


漸くペシャワールから挙兵し、王都エクバターナ解放へ向けて進軍を開始した矢先、トゥラーン軍の東方来襲の知らせを受けて、アルスラーン一行はペシャワール城塞へ一旦、引き返しまずはこれを迎え撃つ運びとなった。
トゥラーン軍の情報を、急使を用い届けてきたシンドゥラ国ラジェンドラ国王の報には、その内容に添えてもう1つ。謝礼としてサナハーレの文を要求する言葉が末尾にしたためられていた。


「…あの御仁は断りの言葉を解そうと致しませんので。トゥラーン軍を無事、敗走させた暁に返事を書くことと致しましょう。」


冷静な姉の言葉に、アルスラーンは苦笑する。ラジェンドラは国を平定したらサナハーレを后として迎えたいと幾度か使者を使って求婚してきている。無論、サナハーレにその気はない為、これまで全く相手にしていないのだが。
まずはアルスラーン殿下が王都を奪還する事が急務。和平については先日、誓約書を書かれたばかりなのだから婚儀と関係無く『必ず』守られよ、と。
辛辣な物言いでしたためた手紙を突き返してもラジェンドラは少しの間を置くとけろりとして贈り物と共に文を寄越してくる青年だった。その贈り物の内容が宝石やドレスでなく名刀やまじないの掛かった短剣なんかであるからその点では彼はサナハーレの事を分かってはいた。

(…ラジェンドラ陛下に誠実さがあればまだ考えないこともないのにな。)

彼女は人知れず、ため息を1つ零して引き返す号令を掛けるアルスラーンの声を聞いていた。

ファランギースは少数の兵を伴い、西方遠征軍がペシャワール城へ戻る知らせを持って、先に隊列を離れ東方へ急行した。ペシャワールより報を持ってここまで来た使者のパラザータはアルスラーンの計らいで今、休息の為、深い眠りについている。面識のないパラザータに「あなた様が白蛇ですか」と訊ねられたサナハーレは奇妙な違和感を覚えた。肯定すると彼はまるで旧友に再会したように顔を綻ばせ喜んだのだ。何故、そんなに嬉しそうな顔をするのか。しかし疲労困憊だった彼に結局深くは聞けず終いだった。

全軍がペシャワール城塞へ戻ったのはそれから三日後の事だった。赤い城塞の前に群がるトゥラーン軍を万騎長キシュワード、ダリューンが指揮を取りこれを打ち払って行く。
陣の中央に位置するアルスラーンの護衛部隊で、サナハーレは剣を振るっていた。城塞が開門され、城からも兵士が突出してくるのが分かった。

ファランギース殿は無事だろうか。
姿をその中に探そうとしてサナハーレは言葉を失った。

鈍く光る大剣に目が留まる。パラザータが途中、旅人に馬を借りたという言葉がその時頭に甦り、もやに阻まれていた違和感が綺麗に消えた。この戦乱の中、一人で旅をする者など考えてみれば普通の人間である筈がない。
逆立った短い銀髪が東の風に吹かれていた。

(…生きて、生きておられたのだ…!)


「クバード殿!!」


サナハーレが叫ぶと、クバードは分かっていたように口元に弧を描いた。胸に手を当て、軽く敬意を払う仕草をするのを見て彼女は思わず笑ってしまう。そんな事、初めて顔を合わせた時にもした事がなかったのに。剣を握る手に力が入る。なんと心強い仲間が出来た事か。
彼女は城塞内へと進みながら、高まる士気に高揚を抑えきれなかった。

パルス軍が再び再入城した後、彼女はクバードの姿を探しその勢いのまま彼に飛び付いた。大柄なクバードにサナハーレがしがみつく様は大人に子供がじゃれついているようだったが、その素性を知る一部の人物達からは驚きと、温度の低い視線が向けられた。


「…おいおい、大胆だな。姫さんは。悪かないが、こういう事は是非とも部屋でやってもらえんかね。」
「それはどうぞご婦人とご勝手になさいませ。…生きておられてようございました。」
「お主もな。お互い悪運の強いことよ。」


しがみついたまま離れない彼女を、クバードは何の気なしに見下ろした。軽口に答える元気はあるようだがアトロパテネで別れてから失ったものも多くあったろう。快活な姫は少し痩せたようだった。
旅の途中、サームよりアルスラーンの傍に白蛇らしき姿がある事を聞き及んでいたのでクバードは至って平静であり、端からは王女ばかりが喜んで見えた。クバードはダリューンとキシュワードに微妙な牽制されながらもサナハーレの好きにさせておいた。
手の出せない柔らかい身体が密着しているのは些か辛いものがあるが、役得であるには違いない。

姫君は俺のものではないが、この白蛇は俺のものだ。

独占欲は確かに抱いていた。ただ、それを露にするのは彼の性分ではなかったし、相手でない事もクバードはよく理解していた。


「さて、俺はもう行くぞ。これからまた共にいるのだから、もう十分であろう。」
「わっ、」


片腕で軽々持ち上げられ、猫を引き剥がすようにサナハーレはされるがまま。それでも優しく床石に降ろされるのに、彼の人柄を感じていた。
穏やかに微笑んでクバードを見送るサナハーレを複雑な顔で見つめるのは事の一抹を目の当たりにし、その場に残された万騎長の二人である。

(ダリューン殿…よもや姫様は、クバード殿に心を寄せているのではあるまいな。)
(……いや、まさか。姫様はもともとクバード殿の隊であったし、親交は深かろう。しかし、普段冷静なお方である故に、…分からぬ。姫様が飛び付く姿など見たことがなかった。)

困惑という名の波紋を広げているなど、露知らず。
サナハーレは再びまみえた喜びに今は幸せを感じるばかりだった。
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2015 12 08

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