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自由民と宝石姫


パルス暦321年6月「征馬孤影」辺り。
どちらかと言えば原作小説ネタ。


サナハーレというパルスの王女は指をすり抜けていく風のような女だった。地位や贅沢への関心は薄く、また戦好きという訳ではないのに馬を駆り先陣をきって戦場へ赴く。
当初、王の命で少女が陣営に加わった頃、クバードは彼女を良くは思っていなかった。
安全に戦うなら、城で剣の指南をしていたカーラーンもいたし、他に王族に近しい廷臣もいた。なのに物好きにも自由民である自分のところに来た姫の行動は正直理解に苦しんだ。
しかし、真っ直ぐで美しい王女はすぐに懐に落ち着いた。地位の無い部下にも分け隔てなく心を砕き、幼いが英断の出来る人間だった。
戦に勝利した夜、少女は隊の仲間達と騒いだ後、一人静かになった荒野を見つめていたことがあった。
クバードが声を掛けずに眺めていると、サナハーレは目を閉じて祈りを唱えているようだった。真っ暗な大地にぼんやりと浮かぶ白装束は大層浮き世めいていて、本人に自覚はなかったが普通の人間にはない気を纏っていた。

―――白蛇殿!
―――我等には戦神である白蛇殿がついている!

やがて、白蛇(ソーバーン)と誰が呼び始めたかは分からないが、サナハーレはクバードの隊では王族の姫ではなかった。中性的な少年騎士で、先だって剣を振りかざした。
琥珀に似た不思議に輝く金色の目は、羨望をもってクバードをいつも見つめてきた。疑問は尽きなかった。彼女がそんな顔をする理由。地位も金も何もかも産まれた時から持っている王女が、王国の騎士を選ぶ理由。芯の強い少女はたまに迷い犬のようなふっと消えそうな儚さも感じさせて。クバードはいつしか彼女を傍に置いておくのが当たり前になっていた。
娼館から出てくるクバードを見ても彼女は笑って視線を寄越した。
口には出さないが面白くない気は拭えない。赤くなったり、少しは狼狽えれば良いものをサナハーレの態度は酷くあっさりしたものでクバードは女の肩を抱きながら心は王女を追っていた。

難解な子供は面倒な『女』に成長した。

一番近くにいるのに、手を伸ばせない存在。それをまざまざと思い知るのはたまに上がる王宮での僅な時間。黒髪を結い上げ、化粧を施し、王妃の脇に控える姫は別人のような美しさを放つ。しかし、王族として在る時は彼女はいつも無に近かった。
一声も上げず、笑わず。飾りのようにそこにいて。


「……お主、姫には向いておらぬな。」


隊にいる時に一度そんな話をすると、サナハーレはその通りだと声をあげて笑った。 細まる瞳は柔らかで、クバードは内心、ほっとする。隣にいる騎士は生きている。気紛れに頭を撫でてやると、反射的に伸びてきた手が少し触れた。
鍛練の痕が刻まれた指先だがやはり細く、彼女は『女』なのだと実感する。


「白蛇よ。」
「?何でしょうか、クバード殿。」

「忘れるな、お前は俺のものだ。」


サナハーレはその言葉に目を丸くして、小さく笑った。隣にある小さな体を気安く抱き締める事は出来ない。衣服を剥いで愛し合う事も出来ない。
しかし今、この時の所有権は自分にあるとクバードは口に出さずにはいられなかった。
この美しい騎士を自分以外が決して貰い受けられないように。


「嬉しいです。多少は私を必要だと思って下さっているということですね。」


幸せそうに呟いた彼女に、クバードは満足そうに酒を煽った。
邂逅があれば必ず、また別れがある。アトロパテネ平野の敗戦で別れ、ペシャワールで再会し、共にパルスの為にまた戦うはずだった二人。しかし王女はギラン行きを命じられたアルスラーンの為にあっさりと王から離反し、城塞を出ていってしまうのだった。
別れの言葉も、誘いも何もなかった。ただ、戻ってくるという根拠のない確信めいた予感だけを残して彼女はクバードのもとを去った。長年の付き合いで理解している。無意識に男を焦らすのが上手い女だ。クバードはそういう所もまた気に入っていた。


「…全く。俺もお主も安定にはほど遠いな。まあ良い、キシュワードを一人国軍に残すも気の毒だ。今、道は別れたとていずれはまた同じところへ行き着くだろうよ。」


城下の騒ぎを目下に葡萄酒の瑠璃杯を煽りながらクバードは呟く。

忘れるな、白蛇。お主は俺のものだ。
そしてお主が一声あげれば俺はお主の刃となろう。

サナハーレ――それが俺と、お主の。

彼の隻眼には映らなかったが、
闇宵の中で、あの金眼が笑った気がした。
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2016 09 10

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