×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



流浪楽士と海上商人と宝石姫2


※1の続き。


辿り着いたギランの街でナルサスに先導され、彼の旧友の屋敷を訪れた際、サナハーレは思わず声を上げてしまいそうになった。
扉から出てきたのは波止場で出会ったかの青年であり、懐かしそうにナルサスと語らう様は本当に楽しそうだった。一頻りナルサスと青年は話した所で視線が彼らの背後に移る。目があった時、サナハーレは気まずさにどきりとした。


「シャガード、こちらが王太子アルスラーン殿下だ。そして、こちらが殿下の姉君にあたるサナハーレ様であらせられる。」
「…貴女は」
「、さ…先程は失礼致しました。シャガード殿。私はパルス国第二王女サナハーレと申します。」
「いえ、とんでもない。先程は名も名乗らず申し訳ございませんでした。此処ギランで商人をしております、シャガードにございます。以後お見知り置きを。」
「なんだ、シャガード。姫とはもう会っていたのか。」
「港に出ていた時、偶然にな。成る程、町娘におらぬ美しさをお持ちなわけだ。」


爽やかに微笑まれて、サナハーレは微妙な面持ちで一歩下がる。ギーヴがそれに目敏く反応し逸早く、彼女を後ろに隠したので安堵と複雑な思いが渦巻いた。まさか彼がこれから最も頼るべき人物だったとは。ナルサスが事はうまく運ぶよう話は整えてくれるだろうが、港で逃げ出した失態は消すことは出来ない。
邸内に案内されながら、彼女はこっそり憂鬱な溜め息をついた。

食事の後、用意された客間でサナハーレは薄手の平服に着替えた。砂と汗を落とした体は心地よい。開け放たれた窓からは夜風が舞い込み、昼間の熱気を逃がしていく。
ソファに体を預けて、うたた寝していると、ふと部屋の扉が控えめに叩かれた。


「サナハーレ様、お加減はいかがですかな?」
「シャガード殿?」


上着を羽織って、彼女は慌てて扉を開ける。結い上げていた髪を下ろしたシャガードは湯上がりのようで、心なし血色の良い顔をしていた。


「…ほう、やはり女物の絹がよく似合いますな。この方が騎士よりもずっと愛らしい。」
「…、ありがとうございます。突然の来訪にも関わらず快くもてなして戴き感謝しております。」
「いやいや、姫には狭すぎる部屋かと思いますが。今夜はよく眠れるよう香りのよい生花をお持ち致しました。飾らせて下さい。」


にこやかに笑うと、シャガードは室内に足を踏み入れる。続いて入ってきた侍女はホットミルクを持っており、丁寧にテーブルに置くと退室した。
サナハーレがソファに腰を降ろすと、シャガードは向かいの席に座った。


「どうぞ、酒は飲めないとナルサスに伺っております。」
「…ありがとうございます。戴きます。」


いい人だ。素直にそう思う。明るく気配りも出来る。取り越し苦労だったのだろうか。精霊の勘が外れるのは珍しいが。
サナハーレは微笑みながら、彼の話に相槌をうった。

政治的な会話をしている内に眠ってしまったサナハーレに、シャガードは一人ほくそ笑んだ。名を呼んで眠りの深さを確認する。飲み物には少しばかり細工をした。警戒心の強い彼女にはこうでもしないと近寄れないと彼に悪びれる様子はない。
一目見て、不思議な人間だと感じ、王族と分かってなお興味が湧いた。顔を隠す布を外し汚れを落とせば騎士など小汚ない格好をさせておくには惜しい容姿。女物の絹がよく似合う。艶やかな黒髪を一撫でし、シャガードは顔を近付ける。

―――姫よ、

美しい瞳を隠した目蓋に口付けようとしたその時。


「おっと、姫の許可なくそれは些か無礼が過ぎるのではないのですかな?」


バルコニーから聞こえた軽快な声にシャガードはぴくりと動きを止めた。眉間には深く皺が刻まれ、緑の目は部屋に舞い込んできた男を捉えた。邪魔された彼の顔には暗い怒りが滲み出る。
ゆっくりとシャガードは屈んでいた背を伸ばした。


「…そちらこそ呼ばれもせぬのに姫の部屋を探るとは、無粋ではないか?」
「生憎と俺はアルスラーン殿下よりサナハーレ姫の護衛を一任されている。姫がお楽しみなら俺が口を出すところではないが、違うなら大いに口を出す権利を持ち合わせているという事さ。」


机に置かれたままの飲み物に手を伸ばそうとしたギーヴを見て、シャガードは身を翻した。見透かしたような彼の瞳にシャガードは声を僅かに荒げ、廊下の従者を呼びつける。テーブルを片付けさせ退室する彼を見届けた後、ギーヴは小さく息をついた。

(……いくらナルサス卿の友人相手とはいえ、無防備過ぎる)

勘の良い王女のこと、自分を見つめる目に色欲があった事は理解していただろう。しかし、普段ははっきりと物事を口にする彼女が部屋に他人を招き入れてしまった理由。察しがつくだけにギーヴは少しイライラしていた。


「殿下の為と言えど、貴女が気のない男に愛想を振り撒く必要などない。ならばせめてたまには俺の愛を掬い上げてほしいものだ。」


寝台に横たえ、いまだ目覚める様子のないサナハーレをギーヴは遠慮なく見下ろす。上着を羽織っているが、寛いだ薄手の絹は普段分からない女の体の線を強調し自然と彼の喉を鳴らした。

――はばかりなく見るものではなかった。顔を背ける。もどかしい葛藤に苛まれながら、ギーヴは暫く理性と欲望の天秤の間を往き来することとなった。
――――――――――――
2016 08 15

[ 25/36 ]

[*prev] [next#]