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元婚約者と自由民と宝石姫


※アニメ風塵乱舞+原作ネタバレ。
パルス暦321年6月。


トゥラーン軍のペシャワール城塞侵攻の伝令が逸早くアルスラーン一行に届いたのは同盟国のシンドゥラからだった。
一瞬、ラジェンドラ王の人を食ったような顔が脳裏に浮かびサナハーレは口元を引き結ぶ。援軍を送ると書簡には認めてあったそうだが、彼にその気はないだろう。トゥラーンがペシャワールの兵力を削いだところでシンドゥラに痛手はない。

(全く……あの御仁のやりそうなこと。これをまた貸しなどと押し付けがましくいうのであろう。)

ふと、ナルサスと目が合う。何かを画策する視線が居心地悪く彼女はごく自然にクバードの馬の影に身を隠した。信頼のおける人物だが、得意かと問われるとまた別だ。
クバードが不思議そうにそれを片目で追いかけたが特に追求することはしなかった。

再び東方ペシャワールに引き返す事になり、トゥラーン軍を蹴散らした本軍は城内で体制を整える事になった。
敵国の本隊とはまだぶつかっておらず、ラジェンドラ王の率いる戦象部隊もパルス国境で控えるのみ。手を貸す様子は見せず膠着状態にあった。


「姫君がトゥラーン軍に負傷させられたとラジェンドラ陛下に文を送らばどうでるでしょうな。」
「!…ナルサス殿、」
「あの御仁の本音を知る良い機会ではございますが、今回はわざわざ借りを作る必要もありますまい。」


余裕のある様子でナルサスは笑う。城壁の上で彼は遠く見える野営の火を意味深に見つめた。彼の頭の中には既に彼らを敗走させる策が出来上がっているのだろう。トゥースの隊が先だって内密に出ていくのを、彼女は気づいていたが、黙っていた。

トゥラーン軍の本隊が人質を率いて城門前に戻った時、サナハーレはその非道さに顔を歪めた。
戦士でない人間を躊躇いなく斬首する様はルシタニア軍の狂戦士達となんら変わりない。金色の瞳に殺気が滲む。アルスラーンの出陣の声に彼女も迷うことなく馬を駆った。


「アルスラーン王子も逞しくなられたものだ。姉君に似てきたかね。」
「殿下は以前から主君として信頼足る王太子です。トゥラーンに引けを取るはずもない。取らせるつもりもありませぬ。」
「…息巻きすぎるなよ、姫さん。」


クバードと共に平野に戦場に飛び出す。風の力を利用して、敵陣に斬り込み彼女は吼えた。

ギーヴの帰還も相まって、トゥラーン軍を見事撤退させた夜、ペシャワールでは兵士達を労うささやかな宴が催された。サナハーレはファランギースを挟んで小競り合いをするギーヴとクバードに小さく吹き出す。
束の間なのは分かっているが平和な日常が眩しくて、彼女は幸せな気分で食事を進めた。見渡せばキシュワードの隣が空いていた為、取り皿を持ちそちらへ向かおうとした時、急に体が逆に引かれる。たたらを踏んで顔をあげると、彼女は傍にたつ人物にぎょっと顔をひきつらせた。


「やあやあ、未来の我が妻はまた男装をしているのか。せっかく白い肌を見れるかと楽しみにやって来たのだが。」
「ラ、ラジェンドラ陛下!!」


何故、此処に。今頃。悲鳴をあげる勢いでサナハーレは隣を飛び退こうとするが、肩を掴まれて動けない。
彼は一瞬、あくどい笑みを浮かべると、アルスラーンのもとへ彼女と共に歩み寄った。


「これはラジェンドラ殿。此度はトゥラーン軍の動向を報せていただき感謝しております。」
「いやいや、同盟国でありわが兄弟のアルスラーン殿に助力するのは当然の事。万が一があればと戦象部隊も用意させていたが流石はパルス軍。俺の助力は必要なかったようだな。」


アルスラーンの隣に機嫌良く腰を下ろしたラジェンドラの隣に仕方なく彼女も座る。勝手にやってきたとはいえ賓客に尽くさぬわけにもいかず、彼女は葡萄酒を杯に注いだ。
ゆっくり視線を上げると、思ったより近くで目が合い肩を揺らす。ラジェンドラは憮然とした表情のサナハーレを気にする風もなく、嬉しそうに杯を受けとるとさらりと喉を潤わせた。


「…時にアルスラーン殿。姉君と共にいる時間を大切にされよ。いずれ、シンドゥラにくればなかなか会うことも出来なくなるであろうからな。」
「な、何を勝手な…!ラジェンドラ陛下、私は陛下と婚姻の儀を結ぶ気はございませぬと」
「ははは!まあ後、一〜二年は国内の責務が詰んでおる。その間に心を決められよ、サナハーレ殿。」


このご都合主義の王に今、何を言っても無駄だと彼女は顔を背ける。その時、刹那、列席に座るクバードと目が合った。笑われるだろうか。いつも偉そうな事を言うくせに、こんな時は強く出られないのかと。そもそもファランギースと話している今、こちらの様子など気にも止まらぬ些細な事だろうか。
俯いて一人もんもんとしていると、不意に腕を強く引かれ彼女ははっと立ち上がった。


「え」
「悪いな、隣国のお若い国王(ラージャ)殿。白蛇は俺の隊の兵士だ。姫さんの方は知らんがね。」


あっという間に広間から連れ出されて、サナハーレは覚束ない足取りで着いていく。ある程度、宴席から離れるとクバードは彼女を解放し、めんどくさそうに頭をかいた。


「……呑み直す酒はあるんだろうな?」
「よ、用意させます!上等の麦酒を!バルコニー出ましょう。クバード殿。」


ほっとしたように笑うサナハーレにクバードは口を開きかけて止めた。幼少期から知っている彼女が求婚されているのは何とも奇妙な気分だった。
愛している故の嫉妬とは異なるが、執着心に動かされて連れ出したのは確かだ。何より、彼女が嬉しそうに笑う姿に彼は満足していた。ラジェンドラの隣に座っていたサナハーレは窮屈そうで、見るに耐えなかった。

(腐っても王族の血は身体に染み着いているものなのかね)

美しくない樽で交わす杯はかくも美味で、これほど王女は生き生きとした顔で笑うのに。 クバードは僅に苦笑を漏らすと、伏せられた金色の瞳を無遠慮に眺めた。
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2016 07 20

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