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双刀将軍と宝石姫


※アニメ風塵乱舞+原作ネタバレ。
パルス歴321年6月。「征馬弧影」辺り。


生還を果たしたアンドラゴラス王の命により、東方ペシャワールにてサナハーレは甲冑と剣を置く事になった。湯浴みの後、用意されていたのは絹のドレスと数名の侍女。
数ヵ月ぶりに化粧を施されたが、鏡に映る自分に何の感慨も湧かなかった。
金の瞳が愁うのは南方の海岸地帯へ単身赴き、兵を集めるよう勅命を受けた王太子の事。ダリューン、ナルサスはアンドラゴラス王のもとに残るよう命じられ、実質彼は翼をもぎ取られ放り出される形となった。


「お美しゅうございます、姫様。」
「…」


周りの音が霞む。こんなものはただのハリボテ。王の意図は分かっていた。父王はアルスラーンを追放し、私を再び城に幽閉されるおつもりだ。
パルスに支配者は二人要らぬ。と。

―――覚悟が必要だ。棄てる覚悟が。
選ぶことを先伸ばしに出来ないのならば。彼女が部屋で一人沈黙しているとノックする音が静かに響いた。


「サナハーレ様、少し宜しいでしょうか。キシュワードにございます。」
「…!どうぞ、キシュワード殿。お入り下さい。」


許可を得てキシュワードが扉を開けると、居たのは美しく飾られた女性だった。サナハーレが本来持っている中性的な雰囲気は今はなく、ヴェールに髪飾りを差した王女が彼のもとへ歩み寄った。
こうして見るとタハミーネ王妃とはまた異なるが、浮世離れした美貌を彼女も持っている。礼節に従い膝をつこうとした彼の手をとり、サナハーレは首を横に振った。そんな事は必要ないと、彼女は静かに口を開いた。


「…アルスラーン殿下がいつ南方へ発つか存じていますか。」
「恐らく数日内には。姫様の護衛は私の部下に任せます。アンドラゴラス王がエクバターナ奪還の為、挙兵し、それが果たされた後にあなた様は王妃様と共に王都へ移っていただく事となりましょう。」
「…」


サナハーレはキシュワードの言葉に金の瞳を伏せただけで、声をあげなかった。彼の立場は理解している。王家を裏切る事は彼には出来ない。彼には彼自身だけでなく、代々受け継がれる武門の名家と廷臣としての責任がある。
最も信頼のおける人物の一人であったが、ダリューンやナルサスと彼は違う。
彼は彼だけの意志では動けない。
立ち尽くす彼女を掬うように、キシュワードはそっと手を包み込んだ。


「姫よ、どうか今は堪えて下さい。私とて殿下を思う気持ちはございます。折を見て必ずやお力添えを致しましょう。」
「…ありがとう、キシュワード殿。その言葉だけで十分です。貴方を苦しめるつもりはないのです。」


言葉に他意はなかった。心は既に決まっている。精一杯の顔で退室するキシュワードを見送った後、彼女は部屋の窓をそっと開けた。精霊を一人、呼び寄せるとサナハーレはファランギースに言伝てを頼む。
彼女が何より守るべきはパルスを変革し、新たに導こうとする弟。心の中でキシュワードに謝りながら、彼女は祈るように目を閉じた。

実の父を、失う。
兄のようによくしてくれた彼もまた―――。

二日後の夜半、馬小屋の火事騒ぎに紛れて彼女は平服で部屋の窓から飛び降りた。マネキンにドレスを被せ、多少の時間稼ぎになるよう置いては来たがあまり意味はなさないだろう。
精霊に導かれて、騒々しい人波を避けて彼女は駆ける。

(―――姫様!)

雑音に紛れて聴こえた声。そちらに向かうと馬を用意したファランギースとギーヴが顔を隠して物影にいた。


「へえ…、こうも容易く落ち合えるとは。なんとも便利なもんだ。精霊というやつは頼めば俺の愛もあなた様に囁いてくれますかな?」
「姫様に軽口を叩くでない。さあ、こちらに。時間がかりませぬ。」
「…はい!」


馬上に上がり、手綱を握る。一気に城門を目指して馬を逸らせる彼女の前に飛び込んできたのは時を同じくして城塞を出ようとするダリューンと、相対する双刀将軍の姿だった。
切り合う二人に向けてファランギースが弓を引く。彼女の放った矢じりはキシュワードの駆る馬首を貫き、彼は馬上から転げ落ちる事になった。
砂煙に消えたキシュワードの名をサナハーレは咄嗟に呼びそうになるが、唇を噛む。
今、ここで姿を晒すのは得策ではない。
面と向かって顔を付き合わせては決意が揺らいでしまう気がした。


「ダリューン卿!今じゃ!」


ファランギースの言葉にダリューンが馬の腹を蹴る。黒衣が闇に溶けるよう消えるのに続いて、彼女は落馬したキシュワードの傍を駆け抜けた。

「……――」

視線を感じて、ふと背後を振り返る。城塞の中は目を凝らした所で見えはしないが気配は感じられた。このペシャワールでつい先日、再会を果たしたあの人。別れも相談もしないまま、再び生き別れることになってしまった。
誘えば、頼めば彼は共に来たかもしれない。
あの御仁は、官位にあまり重きはない。しかし、自らの意思がなければ彼は望んで動く事はしない人間だった。

(…クバード殿。どうかご無事で。)

彼が敵に回らない事を祈りつつ、サナハーレは馬に鞭を打った。王太子を追う。アルスラーンという希望の星を。一人、放たれた彼女の家族を。

東の夜風が冷気を放つなか、彼女は精霊達の声を聞きながらペシャワールを後にした。
――――――――――――
2016 04 19

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