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狼騎士と宝石姫2


初めてサナハーレは歳の変わらない友人が出来た。いや、友人という括りには少し語弊があるかもしれない。一人はパルスの騎士であり、もう一人はその国の王女。しかし、身分を隠した白蛇の姿の時だけは対等でありイスファーンは時折、彼女の元を訪れていた。
二人の距離が少しずつ縮まりを見せていた春の夜。挙兵の日取りが決まり、兵達が酒を酌み交わしている時の事だった。皆が賑わう声を遮ったのは、イスファーンの怒声と酒瓶の割れる音だった。


「貴様!貴様が俺の兄を殺したのか!!」
「怒るな。俺はお主の兄を苦しみから救ってやったのだぞ。礼を言われこそすれ憎まれる筋合いはない。」
「黙れ!!」


何事かと、他の兵士達とサナハーレが駆けつけると、ギーヴとイスファーンがシャプールの最期を巡る問答でぶつかっていた。一瞬、イスファーンと目が合うが、怒りに駆られた琥珀の眼はギーヴに戻り、そのまま彼に斬りかかる。
ペシャワールに集まった兵達の多くは得たいの知れぬ楽士のギーヴを快く思わない者ばかりだった。二人の衝突は周りからの囃し立てに押されるよう苛烈さを増し、特にイスファーンは相手が死ぬまで止めぬほどの勢いだ。

今すぐ仲裁に入るべきだ。
全兵の前で目立つ行動は極力避けたいが。
彼女が剣の柄に手をかけた時、ちょうど騒ぎを聞き付けてアルスラーンがその場に来た。ファランギースの鋭い制止の声に、二人は漸く足を止める。
アルスラーンの姿を見てイスファーンは即座に剣を納め頭を垂れた。サナハーレはそれを少し離れた場所から見て金の瞳を曇らせる。彼にとって兄は唯一無二の存在であり、王に対する敬の表し方は兄譲りのように見受けられた。分かってはいるつもりだったがその存在の大きさをまざまざと見せ付けられたような思いだった。

この一件で、ギーヴはパルス軍から離れペシャワールを一人出てしまう事になった。
カーラーンの軍と衝突した道中から、彼にはよく助けてもらった。カーラーンが死んだ時は、自らも命を絶ってしまい程の悲しみに襲われたがその時最初に声を掛けてくれたのはギーヴだった。

――貴女は生きておられる。

特別な力を持たない人間の筈なのに、一緒に死んでしまいたいと願ったのが聞こえたのかと驚いた。しかし、初対面で言われたその言葉はサナハーレの心の奥に不思議と響き、彼女の足に再び力を与えたのだ。

あのバルバドが懐かしい。
聞いたのはそう遠い昔でもないのに。


「…楽士の事をお考えですか。」
「…イスファーン殿…」


翌日、城壁から城の外を眺めていると、幾分落ち着いた様子でイスファーンは近付いてきた。琥珀の目にはまだ不満の色が濃く残っていたが彼女は気付かない振りをした。


「貴女は知っていたのですね。あの者が兄を殺したと。」
「…ええ。聞き及んではおりました。ルシタニアに城門前で嬲られるシャプール殿に矢を射たと。あのように皆が士気を高める場所でなく、まともな場での会話でしたが。」
「あれは…、」
「貴方を咎めているわけでも、責めているのでもありません。けれど、彼はこのように兵が多くない内からアルスラーン殿下に付いてくれた大切な仲間です。私に彼を憎む事など出来るはずもない。」
「……兄上よりも貴女様はあの楽士を」
「命を選びとる事など私には到底出来ません。シャプール殿も、ギーヴ殿も、私にはどちらも大切な…、!」


後ろから突然、抱き締められる。サナハーレが驚いて声を詰まらせると、イスファーンは腕に籠める力を緩めた。


「…では私の前でだけで構いません。どうか兄を、一番に思っていて下さい。貴女が兄を弔いたいと仰って下さった時、私がどれだけ嬉しかったか。」
「イスファーン殿…」
「冬山に捨てられた私を助けに来てくれたのは、あの兄ただ一人でした。兄が居なければ私は今、此処には居らぬ人間なのです。」


イスファーンの声は少し震えていて、その孤独さが染み込んできた。きっとイスファーンと自分は似ている。サナハーレは思った。彼女もかつては大勢の人間に囲まれながらも一人だった。しかしアルスラーンという弟が出来て、兄弟というものの愛しさと絆を知った。守りたいものがあるのは、こんなにも強く、幸せを感じる事が出来るのかと。


「…兄弟とは尊いものです。私とて殿下に勝る宝はない。しかし…、イスファーン殿。貴方の怒りを承知で申し上げます。私は今、シャプール殿より貴方が大切です。私は生きている仲間を大切にしたい。貴方も、ギーヴ殿も。そうでなければシャプール殿はきっとお怒りになるだろうと、私はそう思うのです…」


抱き締める手にサナハーレが触れれば、イスファーンは飛び退くように離れた。彼女が振り返ると、彼は背中を向けてしまい黙ったまま立ち尽くす。


「……今すぐでなくて構いません。憎いなら私もギーヴ殿と同じよう、剣を向けられても構いません。」
「私が貴女を憎む…?そんな事出来る筈がない。存外、貴女は酷いお方だ。」
「ごめんなさい…イスファーン。ですが私は貴方に嘘はつけませぬ。貴方はパルスの騎士ですが、私の大切な友でもあるから。」


私は……そう思っているから。
切れ長の瞳が、驚きに見開く。イスファーンの眼にはサナハーレの不安そうな姿が映った。
泣きそうな顔で微笑む彼女に、イスファーンは胸が痛む。何故。姫の友人など、そんな立場に自分がなれるはずもないのに。しかし、彼女の顔は真剣で彼は否定する言葉を飲み込んだ。


「…私の異称を貴女様はご存知の筈。」
「知っています、狼に育てられた者(フアルハーデイン)。しかし、だから私の手を取っていただけないのですか?」


差し出された小さな手を見つめて、イスファーンはやがて押しきられるよう手を伸ばす。
安心したように息をついた王女に敵わないと思った。意志が食い違えど、彼女の事を守りたい。心の底から。イスファーンは溜め息を漏らし、指に触れると、しっかりと彼女の手を握りしめた。
――――――――――
2015 12 20

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