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狼騎士と宝石姫1


※パルス歴321年3月末。
ペシャワール城塞にて布告後。


ペシャワール城塞より挙兵する書文を目にし、アルスラーンの元へ馳せ参じた時、王太子から少し距離を置いて佇む人物にイスファーンは目を止めた。
白絹の合間から覗く風貌は一見、端整な顔立ちの少年に見えるが、よくよく目を凝らせば女性にも見えた。自分と似た色素の薄い瞳が揺らいでいる。以前、兄シャプールがまだ生きていた頃、彼から聞かされていた話があった。王宮の奥にいる金色の目をした王女の話。金の瞳の人間など見たことがなかったイスファーンは不思議に感じた事を思い出した。

――あにうえ。その方は、狼の血縁者なのですか?

――…いいや。しかし、そうだな。心に牙を持つ強いお方だ。

いつか、お前が殿下にお仕えするようになった時、お会いするやもしれんな。

穏やかに微笑みながらも兄はどこか寂しげな目をしていた。イスファーンが幼い頃は幾度か話してくれたお伽噺のような王女の話も、彼が武術を習い始めた年頃にはもうぱったり聞かなくなっていた。
パルス軍に入隊してもアルスラーン殿下は幾度か遠目に見たとて、王女と出会う機会など彼に有りはしなかった。今の今まで忘れ去っていた遠い記憶。
集まった諸侯らの謁見が終わると、その人物は広間を離れ一人他所へ歩き出した。イスファーンはそれを好機と立ち上がり当然のように着いていく。白絹の騎士、白蛇。白蛇の素顔は…――。


「何か私にご用ですか?」


人通りのなくなった回廊で、サナハーレは見計らったように足を止めた。イスファーンは一瞬、出るのを躊躇いかけたが直ぐ様彼女の前に姿を現し膝をつく。


「ご無礼をどうかお許し下さい。お初にお目にかかります。私は亡き万騎長シャプールの弟イスファーンと申す者。」
「…!私の事を存じておられるのですね。どうぞ、顔を上げて。イスファーン殿。」


イスファーンが素直に顔をあげると、サナハーレは頬から下を隠していた絹を外した。まごうことなき黄金の瞳で静かに彼を見据えた。
この時、彼は王女に魅入っていたが、本人は全くの無自覚であった。固まったイスファーンの手を取り、立ち上がらせると、彼女は胸に手をあて目を閉じた。


「今の私に王女としての扱いは不要です。イスファーン、貴方の兄君には幼い頃とてもよくしていただきました。エクバターナを奪還した後、私にもあの方を弔わせていただきたい。」
「それは…感謝の言葉もございません。」
「シャプール殿のご兄弟がアルスラーン殿下に仕えて下さるとは。私も心強い限りです。」


他意なく笑いかけるサナハーレにイスファーンは酷く困惑した。兄を追い掛け、国と家を守る以外、頭になかった彼は初めて目の当たりにする王女と、彼女の女性らしい面に一目惚れに近い衝撃を受けていた。
立ち上がる時に触れた手は少し固く、戦士の手をしていた。イスファーンは眉を寄せる。細身の、自分よりも小さな女性がこんな手を。と。


「サナハーレ様、私が貴方の矛となり盾となります。」
「…イスファーン殿?」
「貴女が戦わずとも良い国を、兄が守ろうとした我らがパルスを。ルシタニア兵を根絶やしにし必ず取り戻してご覧にいれましょう。」
「…」


サナハーレはその言葉に、否定も肯定もせず苦笑を漏らした。イスファーンは年の離れた弟のようだが、それでもシャプールと考え方は似ているらしい。
要は戦場に出るなと、そう言いたいのだと理解した。
異なるのは、イスファーンは彼女と同年代であり同じ目線で話せる事だ。彼女にとって、シャプールは常に正しく、あまりに経験の差が違うため反論など出来なかった。
聞き分けのない子供のまま、シャプールと生き別れてしまったのはもう取り返せない後悔のひとつ。ほんの少しでも、例えば挨拶だけでも、交わしておけばと今となっては思うのだ。


「イスファーン殿、三手で構いません。今からお相手願えませぬか?」
「!?」
「私はナルサス殿と違い、口で説明するのが不得意にございます故。」


帯刀する剣を抜き、サナハーレは構える。イスファーンが否定の言葉を吐く前に彼女は地を蹴った。
剣戟は一瞬。
鈍い金属音を三度響かせて、二人は離れた。


「……良い太刀です。つまり、貴女は、剣を置く気がないのですね。」
「ええ。今の私は殿下をお守りする騎士でありますから。…シャプール殿にも、分かっていただけるよう努力すれば良かったけれど。」
「…兄はなんと?」
「勿論、駄目だと。しかし当然の事でした。あの頃の私は無知な小さな子供で、シャプール殿には甘えてばかりでしたから。あの方はいつもお優しい人だったから、駄目だと言われて私はあの人から逃げたのです。それ以上、嫌われるのが怖かったから。」
「姫、そのような事は」
「分かっています。今は…。ただ、心配してくれていただけだと。今では分かっているつもりですが。」


風と日の光を受けてサナハーレはイスファーンに微笑んだ。それはシャプールに似た穏やかな中に哀を帯びた目で、ふたりの心の有り様を彼は見た気がした。


「ありがとう、イスファーン。今日は貴方に会えて良かった。また話してくれますか。」
「――は。姫君が宜しいのでしたら、いつでもお呼び付け下さい。」


サナハーレは一つ頷き、白絹を靡かせて離れていく。自分を騎士だと名乗る彼女を、必ず守ろうとイスファーンは心に誓った。

あの方を、姫に戻して差し上げたい。
血を見る必要の無い、平和な世界に。
膨れかけた特別な思いは、まだ形を定めぬまま。
一人真っ直ぐ歩いていく王女にイスファーンは膝まずいて頭を垂れた。
――――――――――
2015 12 16

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