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宝石姫の秘密


公でない秘密を、誰しも一つや二つは持っている。
それは現第二王女サナハーレに置いても然り。パルスでは排除された知をサナハーレは秘かに学んでいた。彼女の師たる人物も老齢で、他に教え子はもういない。
神官達が学ぶ術式とはまた異なる、それは魔術と呼ばれる古い業。生まれた時から彼女は意図せず人知を超えた力を持っており、それを制御する為、ただ一人、ある魔導師が秘密裏に宮中に呼ばれ命を受けた。


「御子は、強い力をお持ちです。この金の瞳は…」
「不吉な子として噂が広まらぬ内に対処せよ。場合によっては消さねばならぬ。貴様、共々な。」


アンドラゴラスはまだ小さく、揺りかごで眠るサナハーレを一瞥して魔導師に告げた。彼の妻は彼女を産み落とした後、若くして亡くなった。
アンドラゴラスからすれば、使い道のない面倒な女児に己が妃の命を奪われた、そう感じていたのかもしれない。
唇を震わせた音は憎悪が籠っているかと思う程、とても冷ややかなものだった。

女児は聡明な子供であり、程なく力を制御し始め不自由なく城で暮らし始めた。
やがて立って歩ける年頃になったサナハーレは勉学の合間で時折こっそり王宮の片隅にある場所に通うようになる。野花と緑に覆われた小さな庭園跡。伸び放題の葉が影を落としお世辞にも美しい場所ではないが、最早人の来ないその放置された場所には生き物がたくさん居て、サナハーレは嬉しさでドレスの裾が汚れるのも構わず駆け回った。

此処なら誰にも見られない。
誰にも、何も気にせず駆け回れる。

話が、出来る。


「おいで。おいで。自然界の精霊達。草も、花も、さあ、鳥ももっと歌を歌って。」


くるくると回って、サナハーレは無邪気に空を指して笑う。王女が何をしているか、それは普通の人間には理解出来ない事だった。金の目は普通の人間には見えないものを見て、その耳は世界の囁きを拾った。
物心がついて最初に、魔導師にそれは絶対に口外してはいけないと教えられた。伝われば自分の身だけでなく周りにも危険が及ぶからと。

(約束します、先生。誰にも決して他言しません。)

やがて風が運んでくる微かな足音。旅風は少女に来訪者の訪れを告げて、彼女は騒ぐのをぴたりと止めた。草むらの中で息を殺す。誰だろう。サナハーレはじっと耳を澄ました。


「…誰だ。其処に誰かいるのだろう?」


一度も聞いたことのない声だった。サナハーレはこれまで教鞭を取る教師達と、一部の臣下にしか出会った事がない。びくり、思わず体が震えて少女は顔を出してしまった。
共に隠れていた鳥達が逃げる。怯えた彼女の目に映ったのは年若い黒髪の少年だった。鋭い瞳は射るように草まみれの子供をじっと見つめる。


「どこの子供だ。名を名乗れ。」
「…」


その問いにサナハーレの頭にアンドラゴラスの顔が浮かんだ。だがその名を口には出来ない。きつく結ばれた唇に冷たい目。彼女はそれを思い出すと勝手に涙が溢れてきた。俯いてめそめそしている子供にため息をつくと、青年は真っ直ぐそちらへ歩き始める。
別に責めているわけではなかった。ただこんな人の足が通らぬ寂しい場所で愉しげに笑う声が聞こえたものだから、気になって様子を見に立ち寄ったのだ。


「分かった、無理に口にせずとも良い。俺の名はヒルメス。どこから迷い込んだのだ?」
「ぐすっ…、わ…私、迷子じゃない。此処にはいつも来てるもの。」
「…いつも?」


ヒルメスは膝をついてサナハーレの髪を整える。
よく見れば土で汚れているが身に着けているのは上等な衣服。恐らく王家か貴族の誰かの子だろう。
頬の涙を拭いてやりながら、その目を見つめる。見たことのない、金色の光。きっともう少し成長すれば幼女は美しい女の顔になりそうだった。


「ヒルメス…。ヒルメス、怪我、気を付けてね。」


不意に、少女は彼の右頬に背伸びをして触れた。
小さな手に彼は戸惑うものの、好きにさせる。少し馴れてきたのかサナハーレは落ち着いた様子で立ち上がると裾に付いた砂を払い始めた。


「帰らなきゃ。時間。私、お部屋に帰る。ごきげんよう、ヒルメス。」
「…ああ。殿下と。俺の事は今後、殿下と呼べ。」
「はい。」


行儀よく礼をすると、サナハーレはパタパタと駆けて行った。この巨大な迷路のような城を、小さな体は迷う様子もなく消えていく。
まるで羽の生えた精霊のような、ふわふわとした子供の背中をヒルメスは妙な気分で見つめた。触れられた頬に傷はない。先程まで狩りに出ていた為に血の臭いでも付いていたのか。どこか引っ掛かるものを感じたが彼はその意味を理解出来なかった。

その瞳は、遠くない未来をも視て。
告げてはいけない言葉を、無意識の内に落としていた。


―――いまだ、稀に夢を見る。

一度きり、あのパルスの城で出会った小さな子供。
あれ以来、同じ場所に足を運んでも姿を見ることは一切なかった。
まるでそこにいたのが幻だったかのように。
荒れ地からは生き物が去り、静寂に包まれ庭園跡は死んだように枯れていった。

銀仮面に触れ、ヒルメスは問う。
遠く離れた異国の地で。


「…お前は一体、誰だったのだ。」


王宮から火の手が上がったのは、その邂逅から約半年後のことだった。
―――――――――――
ヒルメス11歳、サナハーレ3歳の頃の話。
2015 11 17

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