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万騎長と宝石姫


※アニメ開始より一年くらい前。
日常小話。


エクバターナの城下町を、サナハーレは時折、白蛇の装いで歩いていた。気さくに下町の品物も手に取り購入するその様は、民にも親しみやすいもので、本人が知るところではないが、万騎長付きの美しい少年兵の姿は街娘達の間では噂になることもしばしばだった。

(クバード様が奥方を娶らないのは白蛇様が麗しすぎるせいじゃないかしら。)
(あ、それ分かるわ!お若いけれどミステリアスな雰囲気で、お綺麗だものね。)
(一度、あのお顔をきちんと拝見したいものだわ。)

きゃあきゃあと次第に大きくなる声に、偶然、通りかかったのは万騎長シャプール。クバードとはお世辞にも良い仲ではなかった為に、彼の隊の人間にも懇意な者はいなかった。
白蛇の存在も知らぬわけではないが、姿形は見たことがない。

(妙な事を言う……第一、あの女好きが男に現をぬかす訳がない…)

しかし、クバードが自らの隊に置くには違和感があった。そのような線の細い、女が騒ぐような男が奴の隊で副官の真似事をしているとは。想像してみるが全く情景が浮かんでこない。
興味が失せたとばかりに鼻を鳴らすと、シャプールは馴染みの酒屋に足を向けた。

彼は聴かなかった。肝心な一つの情報を。


「はあ、一度でいいから白蛇様のあの甘い金色の瞳に見つめられてみたいものだわ…。」

***

「最近、お主の話を酒場でよく耳にするぞ。」
「…は、私の…話を、でございますか?」


遠征に出た夜の事、食事を取りながらクバードはサナハーレの隣に座った。当然のように樽に酒を注ぐ彼女が噂になる元凶だが、彼らが気にする様子は全くない。手を止めず焼けた肉にかぶりついた。


「俺とお主が出来ている、とな。 男を妾にしておると。」
「まあ!それでは、私のこの身なりは民に浸透しているのですね。」
「喜ぶべきはそこか。迷惑しておるのだぞ、俺は。」
「多少の噂はクバード殿を彩る良い色となりましょう。ほら吹きと吟われるあなた様には取るに足らぬ小事ではございませぬか?」


物怖じせず笑って言ってのけるサナハーレに、クバードも機嫌良く杯を傾ける。綺麗な顔の子供が年頃になり良い女になった。
これを男と見間違う女たちに言ってやりたい。何処に目がついておるのかと。そっと指で頬を撫でる。
不思議そうに目を瞬かせる彼女を見て、その唇を塞いでしまいたくなるが、クバードは平静を装い手を離した。


「一国の王女がこの俺に惚れているという話なら歓迎なのだがな。」
「ふふ、それはもう叶っているのでは?」
「噂で良いのだ。俺は嫁はいらぬ。長く居りもせぬ家にただ閉じ込めて置くなど哀れであろう。」
「まあ。では王女は振られてしまいましたね。」


相変わらずころころと笑うサナハーレの真意は読めない。だが、手放す気は更々ない。居心地の良いこの姫の隣が今のところ一番であり、クバードは空になった杯を無遠慮に彼女に差し出した。


「お主は家でなど待たぬであろう。これからも俺の隣で剣を握っておれば良い。」


二人の噂は絶えなかった。
最も、クバードにとって色恋話は数多でありその中のひとつに過ぎなかったが。

遠征から戻り、王宮での生活も彼女にはある。ころころと変わる表情を無くし、王族として振る舞う日々。仮面ではない、それもまた真実の王女の姿だった。
ある夜、月明かりの下で、サナハーレは二匹の鷹と語らう。彼等が揃って王都にいるのは珍しい事で、主の帰都を意味していた。ベランダの縁で風を感じながら見上げる空は遠いが、星光はこぼれ落ちるほど近く感じた。

歌を歌う。王宮からは遠い城下町の街明かりを見つめながら。あの人は今、王都のいずこにいるであろうか。告命天使(スルーシ)の喉を撫でながら、ぼんやりと彼女は物思いに耽っていた。


「……姫、あまり薄着で夜風に当たるとお風邪を召しますよ。」
「!キシュワード殿…!お帰りなさい。」


外套を掛けられて、肌が冷たくなっていた事に気づく。向けられる穏やかな視線に彼女が笑みを返すと、キシュワードは膝をついて頭を垂れた。


「お久し振りにございます。大きなお怪我もなさっておらぬようで、ようございました。」
「貴方も。東方の地はもう馴染んだようですね。告命天使がエクバターナへの道のりを迷わなくなったようで。」
「…あなた様は本当にこやつらの事がよくお分かりになりますな。」


告命天使はサナハーレの頬に頬を擦り寄せる。告死天使(アズライール)はそれを眺めながら、キシュワードの肩へ羽ばたいた。
兄鷹は思慮深く、礼節を弁える伏がある。弟鷹はその点ではまだ未熟だった。まるで自分とキシュワードのよう。だが、彼女は告命天使が気に入っていた。頼られ、甘えられるのは嬉しい。そんな風に感じながら、彼女は静かに目を伏せた。


「昔からの大切な友人です。当たり前ですわ。」
「それは…勿体ないお言葉。恐れ入ります。」
「そうだわ、キシュワード殿。宜しければ東方の話を少しお聞かせ願えませんか?まだ東側の知識は疎いのです。ペシャワール城塞の辺りはどのような所でしょうか?」


自分の外套にくるまって、耳を傾ける王女にキシュワードは胸が騒いだが、努めて冷静に語りかけた。
伏し目がちの金色の瞳から溢れる光はただ美しく、時折、告命天使を愛しげに見つめる。他人にあまり心を開かない告命天使がまるで兄弟に接するように羽を休める様にキシュワードは薄く微笑んだ。

武人として、彼女は将来、アルスラーン殿下を支える生き方をするのだろうか。
武の才には恵まれているものの、姫がいつか敵の刃に傷付き倒れる日が来る可能性を思うとこのまま城で美しい衣に身を包み、帰りを待っていて欲しいと思う。しかし武の道を赦したのは他ならぬアンドラゴラス王。廷臣の身でありながら進言する事などおこがましく出来はしなかった。


「…東の国境はこの地よりずっと寒うございます。冬には雨ではなく、雪が降り地上を白く染め上げる事も。」
「雪…。文献でしかまだ見たことがございませんわ。そう、この荒野の彼方は同じパルスでもまた全く違う光景が広がっているのですね。」

「いずれ視察にお越し下さい、姫。このエクバターナほどではございませぬが、聳える城壁は圧巻でございます。」


今、この時。王女は嬉しそうに笑っている。彼女の、王の意思を尊重し尽くそうと、それが臣下たる者の役目であると彼はあらゆる思いに口をつぐんだ。

ありがとう、キシュワード殿。

その呟きに告死天使が高い声をひとつ、静寂な夜に響かせて羽ばたいた。まるで会話をするように彼女はそれに微笑んで答える。


「ありがとう、告死天使!心強いわ。」


穏やかに夜は更けていく。
時代の変化をまだ、彼等に告げぬままに。

(君を守るよ、俺達も)

――――――――――――
2016 09 28

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