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流浪楽士と宝石姫


※王都炎上後〜カシャーン城塞手前。


人の歩む道とは数奇なもの。ルシタニア兵の手に陥落するエクバターナを抜け出し、道中絶世の美女ファランギースと出会い、彼女と共に今、王都を追われた王子に手を貸そうとしている。何とも展開の早い事よとギーヴは馬を走らせながら他人事のように思っていた。
カーラーンの遠征部隊を追尾し、ギーヴとファランギースは見事に読み通りパルス国の王太子アルスラーンと出会う事に成功した。王子の配下の少なさにギーヴは唖然と目を見張ったが、戦士のなかの戦士万騎長ダリューンがアルスラーンに付いているとあってそう心許ないものではないものかと考えを改める。
山岳地帯にカーラーンを誘い込み、恐るべき勢いで敵を蹴散らしていく黒騎士の様に彼は口笛を軽く鳴らした。

(聞きしに勝る。あれは俺とて手が出せぬ強さだ…。)

歩兵が恐れをなし逃げ出す気持ちも分かるほど。馬上の彼は圧倒的な強さを誇っていた。
ダリューンと離れた場所で、白絹が闇に舞うのが視界に入る。華奢な体躯の青年がアルスラーンに近付く騎兵を細身の剣を用い、両断していた。
顔は半分隠れて見えないが、端正な鼻筋をしているのが闇眼でも分かる。ファランギースが彼に見とれてはいまいか、ギーヴは戦いの中、彼女の姿をふと探した。


「あの白いのも殿下付きの騎兵か?」
「…まあそんな所か。後で本人に聞けば良い。丁重にな。」


ギーヴがナルサスに問うと、どこか含みのある答えが返された。ギーヴは首を傾げる。そして彼が再び、アルスラーンの居る山岳地帯の上部を見上げた時、万騎長カーラーンの馬が単身王子を目掛けて迫っていた。
彼の前に白絹が飛び出す。


「私の道を阻めば貴女とて容赦はせぬぞ!!サナハーレ!!」


ギーヴは自分の耳を疑う。カーラーンの口にした名はパルスの姫君の名前だった。滅多に大衆の前に姿を現さず、その容姿を知る者は少ない。故に、ギーヴもその姿を見たことはなかった。

あれがパルスの姫君とは。
カーラーンを迎え撃つに辺り、彼女は顔を隠していた布をずらした。
雲の合間から覗いた月明かりに、金色の眼の光が揺らぐ。アルスラーン王子を背にカーラーンと二人切り合うサナハーレを彼は純粋にただ美しいと感じた。正面から攻撃を受けず、力を流す戦い方は非常に滑らかで、しかしそれでも圧されているようだった。


「…へぇ。なかなかにお強いようだが、女の身ならば俺が行って助けてやらねばなるまい。」


ギーヴが助力に向かおうとした時、ダリューンの馬がカーラーンとサナハーレの間に割って入った。
姫と僅に言葉を交わした後、ダリューンはカーラーンに猛攻を仕掛ける。勝負は長引かなかった。
ダリューンの槍を受けて、落馬したカーラーンは自らの折れた槍によって肺を貫かれた。


「カーラーン…!!」


アルスラーンが広がる血溜まりに横たわる敵将の元へ駆け寄る。狼狽する王子の後ろで、サナハーレは静かに馬上から降りた。アルスラーンや彼の臣下のように駆け寄る事はなかったが、もう助からないであろう傷に彼女は顔を歪め目を逸らさず見つめていた。
涙は溢れていないのに、立ち尽くす姿はまるで泣いているようで。ギーヴはその様子に釘付けになっていた。


「生きよ…!カーラーン!!死ぬな!!」


血泡を吹く彼にアルスラーンは呼び掛ける。刹那、カーラーンは辺りに視線をさ迷わせてサナハーレを見た。ほんの数秒、いや数秒にも満たなかったかもしれない。彼は彼女を和らいだ目で見つめていた。
最後に彼の瞳がアルスラーンに戻ってきた時。


「お主の命はきけぬ…!」


彼はそれを最後に喋らなくなった。

戦いが終わって、朝焼けが山間から広がる中、女神官の鎮魂歌を聞きながらサナハーレは傷を負った腕をエラムに診てもらっていた。
ギーヴは二人に近付くと、恭しく膝をつく。漸く王女の傍へ寄れた。間近で見ると、ファランギースほど女を感じさせる女性ではないが、中性的な顔立ちと瞳の色が目を引いた。


「…お初にお目にかかります、王女様。旅の楽士ギーヴと申します。」
「…此度は殿下に味方してくれて感謝します。ギーヴ殿。私の名はサナハーレ。このような見苦しい姿を晒し申し訳なく思います。」
「サナハーレ様、何を仰いますか!」


遠慮がちに咎めるエラムの言葉に、サナハーレはふと苦笑を漏らした。馬上にいた際は凛々しく青年のように見えた王女が、今はやけに空っぽに見えた。
木に寄りかかり、伏し目がちに俯く横顔は、ここにいない誰かのことを考えている。ギーヴは自分でも意図せぬ内に、自然と口を動かせていた。


「俺は貴女にお味方しよう、サナハーレ姫。殿下に忠誠を誓う者はいれど、貴女を最優先に守る者はいないのではありませぬか?」
「…私は今、王女である前に騎士でありますから。それで良いのですよ、ギーヴ殿。私に忠義は要りませぬ。」


ファランギースの歌の中、眠るように答えた彼女は、日の光に淡く消えてしまいそうだった。ギーヴは手を取り、そっと甲に唇を寄せる。
目を丸くするサナハーレと憤慨するエラムを見て、ギーヴは笑った。

此処に貴女はいる、死んではおらぬ。と。
彼は儚い姿の王女に伝えたかった。

(……貴方だけを思う。
せめて、慰めの歌が響くこの刻だけは。)

魂を寄せていたいと、サナハーレは祈っていた。
―――――――――――――
ギーヴ→(興味)→夢主→(慕)→カーラーン。

2015 11 29

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