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若輩騎士と宝石姫


※カシャーン城塞〜ペシャワール辺り。


その姫君の話は、亡き父カーラーンより時々聞き及んでいた。美しく、聡明であるのに、王宮では一人でいる事が多い存在だったというサナハーレ姫。何故か自由民出のクバードの隊に身を置いていた白蛇の姿をザンデは直接目にした事はなかったが、剣の腕は兵士達の中でも評判だった。
謎の多い、王女の存在。アルスラーンを追いながら、ザンデは姫君の話をする時のカーラーンの顔を思い出していた。忠に熱い父のことだ、情で刃が揺らぐことはよもやあるまいが。まさかこうも早くに討たれるとは思いもしなかった。ルシタニア兵を引き連れて彼等に追いついた際、ダリューンと共に立ち塞がった白絹の者にザンデは目を留めた。

話に聞いていた金色の目が見透かすようにこちらを見据えている。勇猛な人格だと聞いていた。しかしザンデが視線を合わせると、その表情はどこか曇ったように見えた。

何故そんな顔をする。
父が死んだ時も、お前はそんな泣きそうな顔をして見送ったのか。ザンデの敵意は向きを変え、矛はダリューンを捉えた。


「ダリューン!カーラーンの息子ザンデである!父の無念、此処で晴らしてくれようぞ!!」
「…カーラーンだと!?」
「簒奪者の子らに仕える逆賊どもめ!その首を持って我が主君に平伏すが良い!!」


良く似ている。ザンデを見てサナハーレは率直に感じた。彼女はダリューンがルシタニア兵に囲まれぬよう、辺りの兵士を切り伏せる。ファランギースも道中共に留まり絶妙な間合いで弓で援護をしてくれたので、追走の足止めとしては充分な時間になりそうだった。
カーラーン同様、ザンデのアンドラゴラスに対する不敬に彼女は疑問が膨らむ。彼は何を根拠に自分達に刃を向けるのか。あのカーラーンが命を懸けて仕えていた主とは誰なのか。


「…ザンデ!騎士の身で王に不敬であるぞ!!そちらにも大義があるというなら汝の主君は誰か!今、ここで答えよ!!」


サナハーレの叫びに、再びザンデとの視線が絡む。しかし、それに答えたのは彼ではなく伸びてきた黒い影だった。

(魔道の術…!)

背筋が冷える。錆びかけていた唇が無意識に呪文を唱え、心臓に迫ってきた短剣を間一髪弾き飛ばした。


「貴様!銀仮面卿よりその者は生きてつれて来いと命じられておる身ぞ!!」
「…安心めされよ、ザンデ殿。この者はこのくらいで死には致しませぬ。」


―――殺さなければ。
サナハーレの中で、かつてない殺気が膨れ上がる。絶対に知られてはならない秘密をこの者は、この敵の魔術師は知っている。
彼女の異変はダリューンとファランギースにも伝わる程、がらりと変わった。
ダリューンとザンデが切り合う傍らで、サナハーレは初めて自分以外の魔術師と対峙した。気味の悪い青い目は仮面の奥で笑い、彼女を観察するよう暗く光る。

呪いのように囁かれる声。

―――貴女はこちら側に来るべき方だ。
そうすればザンデ殿を殺さずとも済むのですよ。

貴女が心の依り辺としておられたカーラーン候の残した御子を。

馬の足が魔術師に囚われ、サナハーレは咄嗟に鞍を離れた。卑劣な、心の弱い部分をついてくる敵に嫌悪感しか沸いてこない。
怒りを剥き出しに斬りかかろうとした時、ザンデが落馬し、ダリューンがそれを仕留めようと槍を構えたのが彼女の目の端に映った。

カーラーンの姿がダブる。思わず彼女は。


「ダリューン…!!」


ダリューンの槍は攻撃を防ごうとしたザンデの大剣に当たった。衝撃で引っくり返るザンデを置いて、ダリューンは停まらずサナハーレの方へ馬を向ける。彼女を自分の前に引き上げてダリューンは馬に鞭を打った。
しまった…、彼女は思った。


「…ごめんなさい、ダリューン。私、…っ」
「姫のせいではございません。私が仕留め損ねただけにございます。」


しっかりと背中から彼女を抱いて、ダリューンは走る速度を上げる。まわされた腕に手を添えてサナハーレは黙って俯いた。討っておくべき敵だった。自分の弱さに、嫌気が差す。

転がった拍子に口の中を切ったザンデは血を吐き出した。死を、覚悟した。本当ならあの槍で心臓を貫かれて死んでいた筈だった。

あの王女の声が無ければ…

調子が狂う。あの王女は、自分を通して、父を見ていた。ザンデはまた思い出す。かつてカーラーンが穏やかな顔でサナハーレの話をしていたのを苦々しく思い出した。


「…クソッ」


銀仮面卿に差し出した時、あの甘い姫はどうなってしまうのか。ザンデは立ち上がると再び馬に跨がった。


「…追えるので?」
「無論だ。」


―――…殺したくはない。
父は姫君をどうするつもりだったのだろう。
雑念を振り払うようザンデは道を猛進する。


「深く考える必要はありませぬ。王女は捕らえた後、ヒルメス殿下と我々が管理致します故。」


追従する黒い影に、ザンデは睨むだけで言葉を返さなかった。
―――――――――――――
2015 11 26

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