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元婚約者と宝石姫2


※ペシャワール〜グジャラート間遠征中。


「おお、サナハーレ殿!こちらにおられたか、我が最愛の婚約者。」
「いいえ、ラジェンドラ殿下それは誤りにございます。そもそも私達は婚儀の契約は致しておりませぬし、今の私はアルスラーン殿下の一介の護衛に過ぎませぬ。どうぞ、殿下でしたらあちらに。」
「俺はそなたと話したいのだ!これから夜営の準備だろう。その前に少し休もうではないか。ほら、喉が渇いたであろう?唐黍の水を持ってきてやったぞ。」


温かい糖水を半ば強引に手渡されて、サナハーレはしぶしぶ礼と共にそれを受け取る。突き返しても良かったが遠征中では貴重なものだ。少し離れた場所にいるアルスラーンを彼女が見やると、彼は苦笑を浮かべ頷いた。ペシャワール城塞で顔を合わせた翌日、ラジェンドラは早速彼女の事を調べ上げていた。パルスの王族であると知るやいなや彼はかつて持ち上がっていた婚姻話を蒸し返し彼女はその度丁重に断る羽目になった。まさかとは思っていたが、彼女にとって面倒な事態になってしまった。
だが、あまりにラジェンドラがしつこく食い下がる場合はダリューンが様子を見に来てくれるので、彼女は少しほっとしていた。

木陰で二人腰を降ろすが、サナハーレは当たり前のごとく距離を置く。しかしラジェンドラはそれでも楽しかった。美しい女は宮殿にも大勢いたが、彼女やファランギースのように気位の高いものは少ない。命令すれば従順に従う者達ばかりだった。

パルスの王女は変わっていた。
遠征中、サナハーレは常に男装のような格好をしていて、強い意思を宿した瞳だけが絹の間から輝いていた。
その素性を知らぬ者がみれば身なりの良い少年兵にしか見えないだろう。


「惜しい事よ。俺の王妃になれば、これ以上なく美しく飾りたて、大事にしてやるというのに。」
「先日もお伝え致しましたが、私の顔など見るほど飾るほどのものではございませぬ。パルス随一の美女ならばタハミーネ様をどうぞご覧下さいませ。」
「何を言うか!そなたは美しい。そのような黄金の眼を持つ人間がこの世にそうおるものかよ。」


誉めた筈の言葉だが、彼女の顔はにわかに曇った。サナハーレの持つ瞳の色は特異で、美しいと評される事もあれば、呪われた不吉な目だと噂される事もあった。王族に彼女と同じ目の者は存在しない。王の子ではないのではないか、そんな侮辱を受けた事も一度や二度の話ではない。結果、ただ生まれついて持っただけの容姿を特別視される事が彼女はたまらなく嫌いになった。
ラジェンドラはいくばくか時を共にして根の悪い御仁ではないが、やはり第一印象通り大層野心家である様子が見てとれた。国間での停戦材料に王族の婚儀は定石だが、シンドゥラの良い駒にされるだけなど耐えられない。パルスの足を引っ張る存在になる位なら敵兵と刺し違えた方がまだましだと思えた。


「ラジェンドラ殿、私は着せ替え人形にはなれませぬ。私はパルス国を守る武人にございます。」
「うむ、勇ましい性格も良き事よ。その揺るぎない情熱を俺にだけ向けてくれたらこれ以上なく喜ばしき事なのだが。」
「…本日は貴重な水をありがとうございました。さあ、直に日が暮れます。殿下も陣営にお戻りくださ…っ」


器を返そうと手を伸ばす。途端、大柄な身体に突然抱き締められて、彼女は言葉を失った。ぞわりと身が固くなる。ダリューン。無意識に黒衣の騎士を探すが木の影で仲間達の姿は見えない。
パルスでは嗅いだことのない香の薫りが鼻をくすぐる。ラジェンドラは離れようと抵抗するサナハーレを逃がすまいと更に強くその背を抱いた。


「アルスラーン殿は良き臣下だけでなく、兄弟にも恵まれておられる。なんと天は不平等な事。一人くらいここで俺が譲り受けたとて何も罰は当たるまいに。」
「―…、だから!私は貴方とはっ」


力いっぱい胸を押して顔を上げると、ラジェンドラはいつもの人を食ったような顔ではなく、どこか遠い目で彼女を見つめていた。
言葉が出ない。悲痛な表情ではないのにサナハーレは彼が酷く悲しげに見えて、思わず体の力を抜いてしまった。


「…甘いな。そのような顔をするな。俺は良い男だが、良い人間ではないのだぞ。」


軽く頬を撫でて、ラジェンドラは立ち上がる。靡く様子は見せないのに、ふと、軽口の中に本音を漏らした時だけは敏感に反応する彼女に彼は感じた事のない高揚感を覚え始めていた。
しかし、その瞳が本当に笑うのは仲間に向けられる一時だけ。彼女を獲るのは早すぎるのもラジェンドラは理解していた。

(待つのは性に合わぬというに。全く持って面倒な事よ。)

それでも待ちたいと思うのは、
その価値に確信がある故に。
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2015 11 19

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