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元婚約者と宝石姫1


パルス暦320年12月。
ルシタニアの兵を退けて、ペシャワール城塞へ入城する事にアルスラーン一行は成功した。しかし、その喜びもつかの間、城塞内部でも侵入者が出たり、老将バフマンがそのせいで命を落としたりと不穏な空気が流れた。混乱の最中、シンドゥラ軍5万がペシャワール城塞へ向け進軍を開始した知らせを受けて、キシュワード、ダリューン、ナルサスを主とした一万の軍が対抗し出陣する事となった。
城で待つ事になったアルスラーンの護衛には姉であるサナハーレが残る事となり、彼女は久しぶりに弟と二人、静かに時を過ごす事になった。
銀仮面に殺されたバフマンを喪ったばかりで、気持ちはいまだ複雑なまま。沈んだ顔のアルスラーンの傍らで、彼女は気丈に振る舞った。


「殿下、心配要りませぬ。ナルサス殿が大丈夫だと申しておられるのです。必ずや皆、勝利のもとこのペシャワール城へ戻られます。」
「…そうだな。姉上はいつも落ち着いておられるな。戦場でも、私の隣にいてくれる時も、姉上はお強い。いつまでも貴女のその強さにすがってばかりいてはいけないと思うのだが。」
「何を言いますか。私は殿下の為にある。使えるとお思いならば遠慮なく私をお使い下さい。…家族としても、私は貴方を守りたいと思っております。」


アルスラーンの傍でサナハーレは微笑む。バフマンの遺した言葉が、二人の心に僅かな溝をたらしめていたが、彼らは口に出さなかった。しかし、彼女は伝えたかった。貴方が誰であっても私の揺るぎない王子であり、貴方が我が主なのだと。


「白蛇は常に殿下と共に参りましょう。」


首尾は事よく運び、ペシャワールのパルス軍はシンドゥラ軍を押し返し敵国の王子を捕らえ帰還した。
王子の縄が解かれ、外交の宴が開かれる中、サナハーレはキシュワードの隣で絹糸の布地を顔に巻いていた。本来ならばアルスラーンに近い席で食事を取り、場合によっては客人と言葉を交わす立場であるが。幸い、隣国の第二王子ラジェンドラはアルスラーン、ファランギース、そしてギーヴと共に楽しげに酒を酌み交わし彼女のいつもと異なる様子に気付く気配もなかった。


「サナハーレ様、ご気分でもすぐれませぬのか?」
「…いいえ、キシュワード殿。体は何ともありませぬ。ありませぬが…、今宵はどうかこのままこちらの席で居させて下さい。」
「はあ…」


キシュワードの影に隠れるようにして、サナハーレは食事に手をつける。すっかり失念していたが、彼女が齢14を数える時、一度、婚姻の話が上がっていた事があった。
結局、相手国の後継ぎ問題でそれは頓挫し、事なきを得たがラジェンドラの顔を見てサナハーレは嫌な記憶を思い出してしまった。

彼がかつて名の上がっていた隣国の王子だった。

アルスラーンとの会話を聞く限り、頭は悪くないようだが、見るからに好色家で、強欲そうで、彼女はすっかり気分を害していた。
破談にならなければ、こんな王子の所に嫁がなければならなかったとは。心底、安堵したと同時に何だか少し気味が悪かった。個人的にはさっさと不可侵の条約を結んでパルスから放り出して頂きたい。しかし、シンドゥラと同盟を結びかつ援軍を得るためまず彼を王にする助力をする運びに話は流れていった。甘めの葡萄酒を口にしながら、彼女はナルサスが打って出た策を聞いていたが、いつものようにそれが良き事だとは思えなかった。

宴が終わった後、サナハーレは少し酔いを冷ましてから部屋に戻ろうと城の上部へ一人向かった。
外へ出ると冷たい風が髪を撫で、彼女は口元のベールを取り去る。
城塞内は静かで、兵士たちが炊く警備の炎を眺めていると、彼女は一瞬エクバターナが陥落したのは悪い夢だったのではないかと錯覚した。
アトロパテネから張り詰めていた気持ちがふと、僅かに緩み、彼女はぼろりと涙を溢す。城で会う温かいヴァフリーズの顔が、戦場で俄に顔を合わせたシャプールの顔が浮かんで消える。クバード殿は無事だろうか。生死すらいまだ分からない。そして、…カーラーン。一度緩んだ心は押し寄せる耐えがたい悲しみに襲われ、嗚咽を誘った。

―――何を泣いているのだ、私は。
年下のアルスラーンですら、この状況下で耐えているというのに。
彼女が必死に声を殺していた時。不意に肩口にふわりと布地が掛けられた。

無意識にそのまま顔を上げる。…見上げて後悔した。
驚きに揺れる金の瞳に映るのは褐色の肌を持つ敵国の王子。彼女は真っ青になり直ぐ様距離を取って顔を背けようとするが、ラジェンドラの手は一刻早くサナハーレの背中に触れていた。
乱暴に涙を拭った顔に触れようとする手に抵抗するが、酔いのまわった体に男の力を出されては抗いようがない。


「…ぶ、無礼な!離せ、離されよ!!」
「そなた先程宴の席にいた者だな。よもやこのような美しい顔を隠していたとは。俺はラジェンドラ。シンドゥラの次期国王になる男よ。これ、大人しくせぬか。この俺が美しいと誉めてやっているのに。」
「…王子にご覧頂く程のものではありませぬ。どうかお離し下さい。いたっ」
「ああ、悪い。つい力が…」
「そこでサナハーレ様に何をしておられるか!ラジェンドラ殿!」

「、ダリューン!」


一瞬、割り込んできた声にラジェンドラが怯んだ隙に、サナハーレは彼を振り解いて走り出す。掛けられた上着は宙を舞い、再び主の手に収まった。


「、ダリューン殿!何でもありませんから部屋には一人で戻ります!どうか追って来られませぬよう!」


ダリューンに叫ぶよう告げて、彼女は暗い廊下を足早に駆けた。
今は誰にも会いたくない。
こんな気の抜けた酷い顔を仲間に見られては二度と剣を取る事が出来ない。
自分の命より大切なアルスラーンを守れない。
足元から騎士の心が崩れ落ちてしまいそうで。


「ほほう、名はサナハーレ殿と申すのか。うむ、実に麗しい。…いや、俺はまだ何もしておらぬぞ!ほ、本当だ!」


殺気を込めて睨むダリューンを横目にラジェンドラは慌てて逃げるように城内へ入った。しかし、顔を臥せると笑みに口元を歪ませる。何となく涼みに部屋を出てみれば良き出会いもあったものだ。
物言いからして、貴族以上。いや、恐らくは王族か。
見たこともない金色の眼と女の涙は、彼の独占欲を僅かな時間で鷲掴んだ。

(サナハーレ――…しかし、初めて聞く気のしない響きだな。)

ラジェンドラは彼女の消えた方向を暫し眺めて、用意された部屋へと戻っていった。

冬の夜の、運命の悪戯がもたらすのは。
――――――――――
2015 11 16

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