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黒騎士と宝石姫


※第一次アトロパテネ会戦後。幕間。


戦士の中の戦士―――万騎長ダリューン。

パルス国で最早、その名を知らぬ者などいなくなったであろうその騎士をサナハーレは彼が騎士見習いの時から、漆黒の外套を目で追いかけていた。
最年少だが最強の万騎長と謳われるまでになったダリューンはサナハーレより8つ歳上の青年だった。

ダリューン。
その背中は、いつもサナハーレの憧れであり希望だった。
弟である王太子アルスラーンに裏表のない忠義を尽くしてくれる武人。アトロパテネ会戦ではまさしく地獄に叩き落とされたが、彼が居てくれたおかげでアルスラーンと彼女は命拾いした。
彼には感謝してもしきれぬ恩が出来た。


「そうだ。時にダリューン殿、アルスラーン殿下がエクバターナを奪還した暁には我が身を妻に貰って頂けませぬか?」
「!?」


ある日、僅かばかりまだ日の高い時間に休息をとった時。サナハーレが率直にそう告げると、ダリューンはこれでもかというほど瞠目し困ったように頭をかいた。


「…我が身は既に殿下お二人のものでございます。突然、どうされたのです?結婚は嫌だと常々申されておられたのに。」
「だって。私は何も持たぬ王女です。王都が墜ちた今、ダリューン殿の忠義に返す金貨もないし、財もない。しかし、唯一、この血筋にだけは価値がある。私の持つ価値を、此度の礼としてダリューン殿に差し上げたいと思ったのです。」
「…姫。御身を差し出すなど、不要な気遣いにございます。貴女様は我が主君。褒美など無くともいつでもこのダリューンが喜んでお守り致しまする。」
「…そうですか。私もダリューン殿に何か報る事が出来れば良いのですが。…分かりました。また何か考えておきます。」


少しだけ寂しそうに笑って、彼女はダリューンに背を向けた。
パルスがルシタニアに大敗し、アルスラーンと共に王都を追われる事になった王女。黒髪が美しいその女性は、アルスラーンに似ているようで似ていなかった。
どこまでも穏やかで、他人に心を砕く優しさもある。しかし、時に彼女は顔を隠しアルスラーンよりも猛々しく早くから戦場を駆けた。彼女の駆る早馬はパルス軍に勝利をもたらす幸運の白蛇。いつしかそんな風に呼ばれるようになりパルスには神が味方しているのだと、兵達の間では持て囃された。
万騎長クバードの隊で、決して素顔を晒さなかった白蛇がまさかパルスの王女であるなど誰が想像出来たろうか。王宮でそれを彼女の口から聞いた時はダリューンは腰が抜けるかと思うくらい驚いた。

幼い頃から知っている守るべき姫君。先の申し出が本人でなく、アンドラゴラス王からであったならば。ふとそんな事を考えてダリューンが盛大にため息を吐くと見計らったようにナルサスが側へ来た。


「……どうした?姫と何を話されていたのだ?」
「自分には俺に渡す褒美がないから…せめて妻にしてくれと。全く、あのお方は聡明であるのにご自分の尊さについては理解しておられぬ。」
「ほう。つまり、お前はかのパルスの王女様を振ったのか。極刑ものだな。」
「ナルサス…」
「いや、すまん。だが、殿下といい姫君といい彼らの世代は面白い。」


ナルサスは川原でアルスラーン、エラムと語らうサナハーレを見つめる。普段、顔を隠すように巻いている男性用の絹を外した横顔は端麗で中性的な美しさだった。

王家を象徴するような神聖な黄金の瞳。

何故、王はサナハーレが戦場に出る事をお赦しになったのか。姫がいくら強くとも、甲冑より絹の衣が似合う女人であるというのに。アルスラーンはいずれ王たる嫡男であるゆえ理解出来るが、王女についてはダリューンは納得いかなかった。

アンドラゴラス王はサナハーレ姫をどう思っていたのか。

(男であれば…!)
(妃殿下が男子であれば…)

文武共に才のあった彼女はアルスラーンが生まれるまで、いや生まれてからも半ば責められるよう臣下から発せられる過剰な発言に晒されてきた。大人達は平然と己が願望を口にするが、幼い少女の心はそのせいで酷く傷付き、故に自分に対する感情が希薄になってしまったのではないかと思う。
サナハーレは大きく心を顕にすることをせず、戦場では怪我も厭わない戦い方をする。
敗退したアトロパテネでもサナハーレは部下を失ったアルスラーンの元へ逸速く駆け付け彼を背に庇い続けていた。ダリューンがアルスラーンの元へ間に合わなければ彼女はカーラーンにアルスラーン共々殺されていただろう。
今、宮殿を離れつかの間少年達とはしゃぐ彼女は城では見たことのない快活な笑顔をしている。きっと本人は気付いていない。パルスを一番に想う彼女は気付いていない。ダリューンはそれを少し複雑な思いで、静かにナルサスと見つめていた。

(アルスラーン、エラム!見て下さい、生きの良い魚が掛かりましたよ!)
(これは見事な!では私も手伝いを)
(あああ、姫君!殿下!食事の支度は私が致しますから座っていて下さい!)

もし、このまま国を忘れたまま彼女が過ごせたなら。

そんな馬鹿な考えが過る程にそれは。
その光景は。
――――――――――
夢主の生活力はクバードから教わっていたり。する。
2015 11 16

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