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偏見女史と健全男子(太刀川 慶)


「え。家庭教師…、ですか?私が?」
「ああ。以前、大学の専攻について話をした事があっだだろう。偶然、太刀川と君の学科が同じらしいんだ。それで…、試験前に少し見てやってもらえないかと。」


頭の程度は全く違うだろうが。忍田の付け足しは聞き流してヒカルは帰り掛けの書類整理を再開した。
フロアに人はもう殆どおらず、当直の数名が各々作業をしているだけだった。


「…いや、でも私が大学卒業したのもう何年も前ですし、太刀川さんのお役には立てないかと…。そもそも太刀川さんは何て言ってるんです?殆ど面識ありませんけど。」
「慶からは前向きしかないだろう。本部で、しかも若い女性に教えて貰えるんだ。君が良いならと二つ返事だったよ。」
「…(とてもそんな単純そうな人に思えない)」


心を赦している上司ということもあり、彼女は遠慮なく表情を曇らせた。正直、苦手なタイプだった。太刀川慶は高身長で顔立ちも整っているいわゆるイケメンだが、表情の変化が乏しく威圧的な印象だった。彼女もお喋りな方では無いため、これまで接点は全くと言っていい程なく、せいぜいすれ違った時に会釈したことがあるかないか位だ。


「まあ会ってみて難しそうなら止めて構わない。話してみれば分かると思うが、慶は迅より分かりやすい男だと思うぞ。」
「何故そこで引き合いに出て来る基準が迅さんなんです?」
「迅は君に懐いているだろう?」
「…。」


否定したい所だが、その言葉は口をついて出なかった。単独行動の多い迅が本部に来る度、彼女に声を掛けているのはフロア内の人間には周知の事実だ。目立つ事は極力避けておきたいと願う反面、大した理由もなく隊員を選り好みして避けるのもおかしな話だと思う。何より上司の愛弟子が困っているのを見てみぬ振りをするのは非常に憚られた。ヒカルが小さくため息を漏らすと、忍田は少し複雑そうな表情で苦笑した。


「では太刀川さんについては帰りに隊舎へ寄って一応、声を掛けてみます。それで構いませんか?」
「ああ、頼むよ。すまないな。」
「いえ。…隊員のプライベートに配慮するのも周りの大人の仕事です。彼らの優先すべきは本来、学業ですから。では失礼致します。」


***

承諾はしたものの、緊張する。相手は歳下といえどNo.1アタッカーだ。本部の隊舎前にやって来たが、ヒカルはまだ現状を完全には受け入れられずにいた。恐る恐る指先をインターホンに伸ばそうとしては止める。しかし、その指は結局チャイムに触れることはなかった。


「あれ…?アンタ、ヒカルさんじゃね?」
「…た、太刀川さん!」


まさかの背後から本人がやってきたパターンに驚いて彼女は勢いよく振り向いた。近くで見るとより背が高く見える。見下ろしてくる瞳は気怠げにぼんやりとして感情は読みとれなかった。


「…忍田本部長からお話を伺いまして。今日はご挨拶だけ先にしておこうかと。」
「へえ、マジ。本当に俺に時間割いてくれるんだ。」


太刀川は背を屈めて顔を近付ける。完全に裏方に徹している彼女は知らないだろうが、隊員達の間では密かに人気のある女性だ。これまでこれといった接点が無かったが、アタマ悪くて良かった、などと内心、太刀川はガッツポーズしていた。


「飯まだなら、一緒に食いません?ほとんど話した事ないし。」
「あ、いえ。今日は手ぶらなので、」
「じゃあ近くのコンビニ行きましょう。ちょうど俺も今から行こうと思ってたとこなんで。」


断り掛けた途中で既に背中を押されており、ヒカルは心の中で悲鳴を上げた。悪意は感じないが、いささか強引な性格のようだ。


「た、太刀川さん!歩けますからそんなに押さないで下さい。」
「おっと。はは、すいません。」


背中から大きな掌が消える。彼女はふう、と息を整えると帰るのを諦めて太刀川の隣に並び歩き始めた。

***

いざ会話してみると、太刀川慶個人は普通の大学生だった。戦闘技術における才能は非凡も非凡だが、コンビニのパンやお菓子を食べ、リビングフロアのテレビを付けてソファに寛ぎ、ヒカルが珈琲を淹れて出せば嬉しそうに口角を上げた。


「いいね、こういうの。うちの隊にも女性が欲しいなあ。ヒカルさん、本部だし俺の隊のサポート兼任しません?」
「太刀川隊のオペレーターは女性ですよね?そもそも男女関係なく共同空間の整理整頓は皆さんで協力して行ってください。」
「男多いとそうもいかないんだって。」


項垂れる様子には幼さがあり、彼女は内心可愛いと思ってしまう。いくら戦闘能力が高く成人済とはいえまだ学生だ。当たり前かと苦笑した。

(……そう思うと、迅さんは大人びた印象だな。なる程ね、忍田本部長が言ってた意味が分かるかも。)

「試験はいつなんです?太刀川さんに特別、掛かり切りも良くないし、苦手科目と範囲を次までに連絡してもらえると助かります。」
「分かった。纏めて連絡します。なあ、俺がプライベートでヒカルさんを誘うのはあり?」
「…それがボーダー業務に必要な事なら構いませんよ。」


(最近の子はこんなに軽く歳上の女性も誘うのね。いや、単純に自分に自信があるのかも……)

同じ年頃、非凡な才能、似てる所は似ているのかもしれない。ヒカルは珈琲に口付けながら、太刀川に事務的に微笑んだ。心はこの場に居ない青い服の青年を思いながら。

***

「あ、忍田さん。単位なんとか足りて無事休みに入れる事になったんすよ。」
「そうか。それは何よりだな。」
「ヒカルさんに挨拶しに寄ったけど…、いないな。今日休みですか?」
「ああ。一度、資料の作成に午前中来ていたが…約束があるとかでさっき出たな。」
「ふーん。約束、ねえ。」
「…何だ、慶。お前が他人のプライベートを気にするなんて珍しいな。」

「や。だって、あの人可愛いでしょ。」


太刀川はふと、不敵に笑った。


「別に遊びで手を出す気はないですけど、俺が誘ってあの人がオッケー出すならいいかなって。じゃ、失礼します。」


もう用は済んだと言わんばかりに出ていく太刀川に忍田は僅かに呆気に取られ息をついた。迅といい、彼女は歳下隊員達の気を引くらしい。

(まあ、ヒカルに限っておかしな事にはならないだろうが…)

迅の視線が、忍田の頭に過る。太刀川は定かではないが、彼の場合は恐らく本気だ。ボーダー内は恋愛禁止ではないが、あまり風紀が乱れるのも見過ごせない。
一応、気をつけておかねばと忍田はヒカルの空席を静かに見つめた。

彼女の私物は必要最低限だった。

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2021.08.29

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