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海運王の子供達(キャスパー)


※フロイド実子。キャスパー、ココからみて異母妹。


世界は広い。しかし、ヒカルは他の兄姉達のよう、広大な世界を股に掛けて仕事はしていなかった。
出来損ない。見ず知らずの大人達からそう蔑まれ、いつしか彼女は明るい光に背を向けた。

母が他界してから、全てが変わった。それまでごく普通だった彼女の人生は突如、引き取り手として現れた父によって一変したのだ。通っていた学校を辞めさせられ変わりに仕事を与えられた。
今まで関わる事すらない、職業すら知らなかった武器商人。しかし矢面には立たず、彼女は与えられた建屋の地下でコンピューターと向き合っていた。
商談された武器の輸送ルートの確認、データ処理が主だった作業だ。父であるフロイド氏には既に優秀な子供が二人居た。
面識はあるが、義姉も義兄も住む世界が違い過ぎて、まともに会話した事はなかった。それは父とて同じだが。


「ヒカル様、7番にお電話が入っておりますが。」
「あ、はい。繋いで下さい。」


ここでの会話は全て英語。始めは同僚との会話もままならなかったが今では何とか辞書無しで聞き取れるようになった。
たったそれだけの事だが、ヒカルにとって少しの心の安堵を与えていた。孤独と緊張を和らげる、氷のように薄い防壁。


「大変お待たせ致しました。」
『やあ、ヒカル。調子はどうだい?』
「…!キャスパー・ヘクマティアル様。」


しかしたった一本のその電話で、ひとつひとつ積み重ねて作ったその壁が簡単に崩れた気がした。くすり、インカムの向こう側で笑う気配がする。声を聴くのは一年ぶりだ。心が震える。関わりたくない人物の声に彼女はすぐに声が出なかった。


『相変わらず他人行儀だなあ。君だってヘクマティアルだろ。ま、いいや。この前、君のプレゼンの資料目を通したよ。頑張ってるみたいじゃないか。』
「は、はい…。ありがとう、ございます。」


優しい声の裏で見えない企みが見え隠れする。ヒカルは立ち上がり、そっと子機に持ち変えた。じっとしていられない。怖い。怖い…。部屋を出て、切れない電話を力の入らない指で握りしめる。
ほとんど他人であり、畏怖の対照にしかならない兄。上部だけの会話が空虚で威圧的で逃げるように廊下を歩いていると、電話口と同じ声が正面から聞こえてきた。
髪の色は違うのに、目の色だけは酷似した青。ヒカルが足を止めると、キャスパーはにっこりと笑みを浮かべ遠くからスマートに片手を挙げた。
挨拶が返せない。強張った顔が戻らない。何故、日本に。近づいてくる姿に後ずさる。竦み切った肩に乗せられる手。彼の護衛であるチェキータがいつの間にか隣で微笑んでいて彼女の黒髪を掬いあげた。


「ハロー、エンジェル。相変わらず美しい黒髪だこと。」


頬に唇が寄せられる。驚きに固まった体は、声を発しない。瞳だけが目前に迫るキャスパーを捉える。同じ色の眼に映り込む自分を見ると、悪夢を見せ付けられている気分だった。


「相変わらず僕の妹は臆病で麗しい。さて、久しく日本に来たんだ。寿司の旨い店にでも連れて行ってやろう。」


おいで、ヤマトナデシコ。
呼吸が、緩やかに止まった気がした。絞められてもいない喉が苦しくて目にうっすら涙が貯まる。キャスパーはそんな彼女に苦笑すると、努めて優しく頭を撫でた。


なあ、チェキータさん。チェキータさん。
いつになったらエンジェルは我々に慣れると思う?

無理でしょう。
だって彼女は悪魔に向いていない。
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2013 09 15

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