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番:蒼き清浄な世界の片隅で(チェン生誕祭)


※腐海シリーズ後、番外。


クリムゾンタイフーンのパイロットであるタン兄弟は、中国大陸では人気を通り越してまるで神のように持ち上げられていた。
日本でも当然名の知られた彼らだったが、香港に来てからその扱いが桁違いである事をヒカルは肌で実感した。本人達は気にしていない様子だが、シャッタードームの外では自分からは近付く事も憚れる。

(好きになって……良かったのかな)
そんな不安が沸くほど、彼女は公の彼らを見ていて不安になっていた。


「ヒカル、明日少し出掛けない?」
「マコ。うん、いいよ。」


こちらへ移ってきて良かったのは、同じ日本人の森マコがよくしてくれる事だ。歳の近い女性はドーム内では貴重な為、彼女は素直に嬉かった。
遠くではタン兄弟が周りを囲む人々から贈り物を貰っているのが見える。何ら不思議な事ではない。資料で見たが、明日は彼ら三人の誕生日。きっと街をあげた祝杯で忙しくなる事だろう。
チェンと僅かに目線が合う。ヒカルは笑って手を振ると、マコと二人で歩き出した。彼らは英雄。我が儘が言えないのは解っている。だから彼女は知らなかった。マコと談笑しながら去って行くヒカルを見て、チェンが酷く不機嫌な顔をしていた事を。

12月24日。香港の街は七色に輝き、至るところでクリスマスのお祝いムード一色だった。ショッピング街をマコと二人で歩いていると時々、タン兄弟の写真とお祝いメッセージを掲げている店も何軒か見掛けた。


「ヒカル…チェンにプレゼントはもう選んだの?」
「…あー、うん。まだ…。何だか、何をあげていいかよく分からなくて。ひとまずメールだけ送ったんだけど。」
「…なるほど。だから、あんななのね。」


マコは摩天楼の中央に位置する大型モニターを苦笑して見上げる。ちょうど式典の最中でタン兄弟達はクリムゾンタイフーンと共にパレードの中心にいた。弟達が沿道に軽く手を挙げる中、チェンはサングラスを掛けたまま席についている。
ヒカルが首を傾げる中、マコは眉を下げてため息をつくと彼女の肩を軽く叩いた。


「チェンは今日は貴女といたかった筈よ。付き合って初めての誕生日でしょう?緊急事態でないなら尚更よ。」
「…それは、私もそうだけど。だからって無理は言えないわ。」
「…貴女はいつも賢い選択をするけれど。たまには遠慮しなくてもいいんじゃない?」


マコはそう言って朗らかに笑う。彼女の女性らしい気遣いにヒカルはとてもほっとした。こんな普通の、恋愛話をする時間など本当にいつぶりか分からずに戸惑うが。ドームに帰ったら一度連絡してみよう。
チェンへの贈り物を考えながら、彼女はマコと二人、肌寒くも美しい街を久しぶりに堪能した。

***

「…何処に行ってたんだ?」


シャッタードームに戻ると、自室の扉の前で佇む赤い繋ぎが目に留まった。慌てて、後ろに紙袋を隠す。もごもごした態度が気に入らなかったのか、相手は更に眉間に皺を寄せ、無遠慮に歩み寄ってきた。


「あ、の…マコと、ちょっと街に」
「俺達の式典には顔を出さずに?メール一言で、今日は終わりか?」


今までこんなに機嫌の悪いチェンを見たことがなかった為、ヒカルは完全に気が動転していた。何を言っても言い訳にしかならなさそうで、彼女は彼の凄みにたじろいでしまう。そろそろと数歩後退すると、チェンは彼女のバッグを奪い取り、鍵を探し出すと勝手に部屋の扉を開けた。


「ち、ちょっと!チェン、待って!」


部屋の中に入る彼を追い掛けると、片腕で中に引きずり込まれる。扉を閉めると、チェンは壊れんばかりにヒカルを強く抱き締めた。
チェンの香りに包まれて、怖いが、少しずつ幸せな気持ちが体を満たす。そっと背中に手をまわすと、大きな手が頭に添えられてようやくチェンの名前を呟く事が出来た。
顔が熱い。いつもそう。チェンは強引で、でもストレートに気持ちをくれる。


「チェン、あの。誕生日…」
「ああ、」
「誕生日、おめでとう。いつも守ってくれてありがとう…。」


目を閉じて、呟く。大好き。チェンは十分抱き締めた後、体を離しそっと唇を彼女に寄せた。


「俺は知らない人間からの贈り物なんて要らない。今日必要なのは国からのパーティーじゃない。お前だ、ヒカル。」
「…チェン」
「だからお前ももっと俺を欲しがれ。」


手にしていた紙袋はいつの間にか彼に獲られ、背中は壁にくっついている。ヒカルが泣きそうな顔で見上げると、チェンは両手で頬を包み緩やかにキスを繰り返した。
優しい口付けが続く中、手を取られ、不意に指先に冷たいものが嵌められる。彼女は目を見開くが、チェンの瞳は閉じられたまま。リングの通された指ごとヒカルの手は一回り大きな掌に包まれた。


「ち、チェン…こ、れ…」
「…俺は戦士だ。ずっと一緒にはいられない。だから邪魔にならない時は付けておけ。互いが互いのものである証に。」


同じよう、チェンの薬指にも光る銀色。真っ赤になった彼女に彼は満足そうに目を細めると、チェンは包みを破り開ける。出てきたのは赤いマフラー。子供のようにチェンは歯を見せて嬉しそうに笑うとそれを首に緩く巻いた。


「おーい、チェン!ヒカル!まだベッドインには時間早いぞー!」
「食堂に行こう!チキン食べようぜ!」


部屋の入り口を叩く音。兄弟達の邪魔にあからさまにまたしても青筋がはしったチェンだが、今度はちっとも怖くなくてヒカルは小さく吹き出した。
手を取り、引っ張る。背の高い彼の頬に口付けて彼女は照れながらにっこり笑った。離れていた時間が、不安な心が、溶けていく。


「メリークリスマス、チェン。」


そう言って扉を開けた彼女を見て、羽根の生えそうなその小さな背中をずっと守って行きたいと。チェンは艶やかな黒い髪を追いかけながら強く思った。

英雄と呼ばれて、周りに人がどれだけいても。欲しいのはたった一人の、小さな君。

――――――――――――
メリクリを後から言うのが個人的にはツボ。
少し遅れたけど、タン兄弟おめでとう!
2013 12 27

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