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宝石箱の鍵は刺さったまま3


「……髪、どうしたんだ。」
「パクノダに頼んで整えてもらいました。…少し伸びた気がしたので。」


お帰りなさい、マスター。
久しぶりの気配に、ヒカルは笑顔で頭を下げた。対して、当の本人はそれにそれとなく答えつつも、不思議そうに彼女に触れた。
これまで一度も容姿の事を口にしたことはなかった。自我はあるが、彼女は人形。気に入らない所があればそれはクロロが自ら直していた。


「…クロロ?」
「少し出掛けないか?ヒカル。」
「…?はい。分かりました。すぐに準備します。」


従順な返事にクロロは僅に息をつく。良かった。いつも通りの、彼女だ。変わった所は特になく、向けられる信頼しきった顔も留守にする前と変わらない。
しかし、やはりどこか違和感は拭えなくて、クロロは立ち上がったヒカルを少し強引に背中から抱き寄せた。


「…、」
「温かいな。お前は。」
「…あの」
「…そのままでいい。おいで。」


肩に手を回されて、ヒカルは否応なく歩き出す。いつも急かしたりする人ではないのに。彼女は困惑しながらも大人しく従った。
念で造られたこの空間を抜けるのは久しぶりの事だ。穏やかな図書館から廃墟に移る。いくらか団員達の視線を感じて、彼女はゆっくり頭を下げた。


「…皆さん、お久しぶりです。」
「おう、ヒカル。どうした、団長とデートか?」
「ああ。少し出る。次の仕事は二日後だ…それまで各自好きにしていい。」


不意に横抱きにされて、ヒカルは咄嗟にクロロに掴まった。風を切る。音を越えて、二人は外へ飛び出した。
夜の風が少し肌寒くて、けれどクロロの温もりがその分暖かく感じられて彼女は笑った。まるで世界に二人きりのような錯覚に陥る。いや、実際そうだ。彼女はクロロが与えてくれる限られた世界の中で生きている。クロロという人が、記憶のないヒカルを守ってくれるたった一人の英雄なのだ。


「…今夜は少し冷えるが、ネオンがとても美しい街だ。」
「そうですか。…私も…見てみたいな。」


少しだけ寂しそうに目を伏せる。暗闇の世界には馴れたが、実は彼女は稀に色鮮やかな夢を見ていた。彼には秘密だが、きっと昔の記憶。美しい野山。金色の髪の少年がこちらを見て笑っている優しい夢だった。


「興味があれば俺が話して聞かせてやる。それでは不満か?」
「…いいえ。ありがとう、クロロ。」


静けさの奥に潜む、じりつく熱情。この独占欲が解っているから、彼女は夢の話を告げなかった。知っている。彼は暗闇の中に彼女がこのままいる事を望んでいる。
外への思いを口に出そうものなら…どうなってしまうのか。恐怖が胸を覆った。


「聞かせて下さい…。貴方が見ている美しい世界のお話を。」


いつか、目が治ってあの少年に会うことが出来たら。望みの薄い夢を抱きながら、彼女はそっとクロロに寄りかかる。彼の声に耳を傾けながら、ヒカルは微睡みの中で赤い目を緩やかに閉じて笑んだ。
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2014 03 30

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